adagio consolante


※10の続き


ひらひらと白と黒の混じる紙屑は舞散っていく。

「こらこら、ゴミは捨てちゃいけないよ。」
「!……ずびばぜん」

ビリビリに楽譜を破いて捨てている所を見られたのか、知らない男の人があたしに注意をしてきた。そして泣きすぎて鼻が詰まったあたしの声は最悪だった。


「…君、エルミハ中学校のホルンの子…?」


突然あたしの事を聞かれ警戒する。知らない人なのになんで知ってるんだ…。誰だ、この男の人。背も身体も大きくて、怖い。その青い瞳に吸い込まれてしまいそうだと、あたしは思った。しかし彼の表情は悪い人には思えなかったし、とりあえず今は、なにもかもがどうでも良かった。

「そう、ですけど」
「やっぱり。あの中学校はあまり上手いというイメージはなかったけど、まずまずだったと思うよ。君は、部長なのかな?表彰に出てたし。」

表彰に出てたのまで知っているという事は吹奏楽関係者か、誰かの保護者なのだろう。とりあえず悪い人ではないな、と分かった。あたしは舞台の上で泣いてたから目立っていたのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。

「もう終わった事です。もう、いいんです…。あたし、吹奏楽はもういい。」


あたしの真っ赤になった目許を見て、ひどい声を聞いた彼は、優しく微笑んだ。


「君のソロ、どの中学生よりも上手かったよ。あの中にいるのは勿体無いくらいだった。ただ、何十人もの人数で音楽を演奏する喜びや楽しみを知らない音だね。でも、さっきも言った通り、まずまずだった。君が、がんばってあそこまで引きあげたんだと思うよ。」


なんで今そんな事を言うの。
確かにあたしはみんなで楽しく演奏をしたかった。だけどみんなの気持ちを変えられるほどちっぽけなあたしがどうにかできるほどの力なんて持ち合わせていなかった。それでも認めてくれる人がいるなんて。
それでも楽器を吹くのが好きだったから、ひとりぼっちでも一生懸命練習して、レッスンがあれば一生懸命講師の先生にアドバイスをもらった。


その人の言葉ひとつひとつが今のあたしには大きなダメージになる。深く抉られた心の傷が少しだけ癒えていくのに対して、泉のように傷からは涙の雫が溢れでる。

「…ひっ、く…ぅあ、あたしだって、ひっ、もっと楽しく、したかっ…ったけどっ、ひくっ、みんな、部活はっ、入らなきゃいけないから、やってただけで!…でもっ、楽器吹くのっ、たの、しくて、ひっ…もっと、良い演奏したいって…ぅああ、」

嗚咽が止まらなくて恥ずかしいのも余所にあたしはその人の前でこの目から溢れる忌まわしい液体を止める事を辞めた。さっきは声もでないほど落胆した涙しかでなかったのに。

「その感情も皆と良い演奏をしようと思っていた証拠だ。それに楽しいなら、好きなら、辞めたら後悔すると思わないかい?君は全員で演奏する事の楽しさを知るべきだ。」

ホラ、泣き止んで。せっかくのかわいい顔が台無しだ。と言ってその人は、あたしの背を撫でてくれた。あたしだってわかってる。好きなものを辞めたって諦めきれない事くらい。人一倍負けず嫌いなんだから。でも、もう辛いのは嫌だ。なにも楽しくなんてないんだから。恥も捨てて声を上げてわんわん泣いた。


「ひくっ…ひぅ、ごめっ、ごめんなざい…」
「謝る事なんてなにもないよ。君の学校の先生は勿体ない事をするなあ。君みたいな子をちゃんと指導しないなんて。」
「せ、んせも、ひくっ、やる気ないから…っ」

そうあたしが言うと、その人は微笑んであたしを抱きしめて頭を優しく撫でてくれた。
その時心が締めつけられたみたいにドクリと脈打った。男の人に抱きしめられた事なんてないあたしは泣いて真っ赤だった顔がもっと熱くなるのを感じた。それでもしばらくすると彼の事を優しい人だなあ。もっと撫でて欲しいなあ。と思えるほど、抱きしめられた事によって心は落ち着きを取り戻していた。



ひとしきり泣いてだんだん落ち着いてきたあたしに彼は薄いブルーのハンカチを渡してくれた。本当、初対面のガキンチョがぴーぴー泣いてさーせん。

「……ほんろ、ずびばぜん…」
「はは、可哀そうに。ひどい声になってる。謝らなくていいんだ。来年、私の学校で君が来るのを待ってるよ。明後日、高校の部に聴きに来てご覧。きっと辞めたら後悔するって君に思わせてあげよう。プログラムは12番だ。」
「ちょっ…だから辞めるって…!」


言ったじゃないですか、と言い切る前に君には期待しているよ、12番だからね。そう言って彼は、去っていった。思わせてあげるって随分と上から目線だな…。
…誰が行ってやるものか。なぜか負けず嫌いの意地がそこに働いていた。



あの人はいったい誰…?



adagio consolante / ゆるやかになぐさめる
(偶然出会った優しいひと)

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