09.embouchure


「……」
「……」
「…なんだよ、ナマエ。ジロジロ見られたら吹きにくいんだが。」
「…ねぇ、ライナー」
「なんだ?」
「トロンボーン、吹かせて?」
「いいけど、」

ん、とライナーはあたしにトロンボーンを渡した。前から吹いてみたかったのだ。持ってみるとまぁまぁ重い。ライナーにとっては軽いだろうけど。

「こうやって持つの?」
「おう、合ってる。」
「うはー!おもしろいねぇ!」

トロンボーンを構えるといつもと違った持ち方にバランスが取りづらい。トロンボーンの特徴的な長いスライドをすいすい動かして吹いてみる。おもしろい。あたしはそのスライドをライナーに向けた。

「危ねっ!ダメだろ、ナマエ!楽器で遊んじゃいけません!めっ!」
「あえて突っ込まないよ、ライナー。もう、満足!ありがとー」

そう言ってライナーに楽器を返した。よい子は楽器で遊んじゃダメだよ、絶対に。

こんなやり取りがあったのが昨日。つまりあたしが言いたかったのはライナーと間接ちゅーをしたという事。別に楽器で間接ちゅーは吹奏楽部では当たり前だし、ペットボトルだって普通に回し飲みできる。みんな平気。でも、今、あたしは最強に困っています。



「ここがおかしいのかな…」

事の起こりは10分程前。突然あたしの楽器が不調になって、困ったのでエルヴィン先生にリペア、つまり修理を頼みにきたのだ。うん、修理をしている先生もかっこいい。

「ナマエ、これでいけるかもしれないから、ちょっと吹いてみてくれないか」
「あ、はい」

そう言われて渡された楽器を吹く。お、良かった。直ったみたい。

「大丈夫そうです!ありがとうございます!」
「良かった、もう一回貸してくれるかな?」
「はい」

ぷぉー、とあたしのホルンから音がした。吹いているのは、あたしじゃない。エルヴィン先生だ。

「これ、吹きにくい事ないかい?」
「あわ、な、慣れてるから、あまりそうは思わないですけど…」

こ、これは、先生と間接ちゅーですよね…!!

「そうか?今度ちゃんとリペアの人に見てもらおう」
「は、はい…」
「ナマエ、顔赤いけど大丈夫かい?」
「大丈夫ですありがとうございました失礼します!!」

そう一気に捲し立て、音楽研究室を出た。今、この楽器を吹けば、先生と、か、間接ちゅー…別に普通の事だよね、講師の先生とも普通にする事だし…


音楽室に戻り楽器を抱えたまましばらく呆然としていた。

「おー、ナマエ。今日は俺にもホルン吹かせてくれよ。」
「だっ、ダメ!!今日はダメ!!」

なんでだよ、昨日トロンボーン吹かせてやったろ、とライナーが口を尖らせた。ダメ!あっちいって!と、言うと、どうしたんだよ今日、顔赤いし、と言ってライナーは練習に戻った。

あたしも、練習しよう…と楽器の吹き口を見つめる。…よし、吹こう!!

意を決して楽器に口を付ける。ぷぉー、といつもと変わらない音がした。


……別に間接ちゅーくらい大した事ないじゃんか。



embouchure / 楽器を吹く時の唇の状態
(たいしたことないたいしたことないたいしたことない)

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