恋する兎はマリッジブルー

「はあ…これでいいのかなあ…」
「…何が?」
「言いにくいんだけど…結婚の話」
「ああ、何、迷ってるの?ナマエ」
「うん…いいのかなって」
「エルヴィンと結婚することが?いいじゃないか。彼はとても君を大事にしてることくらい私から見てもわかるのに、不安なの?」
「それも、あるけど…エルヴィンもあたしでいいのかな、って…」


ナマエは資料整理の手伝いを頼まれて訪れていたハンジの荒れに荒れた研究室で資料に埋れながら再び溜め息をついた。



ナマエ、結婚しよう。



出会ってからも付き合ってからもそこそこ長い彼にそう言われてからあれよあれよという間に時間が過ぎた。一応、兵団の関係者だけで式を挙げようと準備も進めてる。なのに、その期日が近づくにつれて募るこの気持ちは何なのだろう。

良い人生なんて、良い生き方なんて、わからない。何が最善の選択なのかなんてわからない。巨人と対峙する以外で、初めて選ぶことが、こんなにも怖いと思った。整理しながら目に映ったエンゲージリングはまだ新しく艶やかに輝いている。

「人間同士の関係って複雑だよねえ…好きだから結婚って安易すぎるし。ま、巨人と人間の間にはそんなこと関係ないんだけどお…!!」
「……はあ…いいねハンジは」

ハンジの言葉に余計不安を煽られる。確かに、好きだから結婚、なんてことはこの歳ではもう言えることではない。手を合わせて目を輝かせ始めたハンジを見てナマエが3度目の溜め息をついた時、部屋にノックの音が響いた。

「ハンジ、失礼するよ。この間の報告書なんだが…」
「ああ、エルヴィン」

2人が交わす会話を耳に通過させながらナマエは資料をまとめる。ちらりと視界に入れた彼はどこから見ても端正な顔で、その真剣な表情を見ると、ナマエは未だに恋をしている少女のように胸が高鳴るのだ。
彼に不満などない。寧ろ自分には勿体無い存在だとすらナマエは感じている。

「ナマエ、もう戻っていいよ。王子様のお出迎えだ」
「えっ、まだ全然整理できてない…!」
「いいからいいから、あとはモブリットに任せるから大丈夫」

それではモブリットがかわいそうだとナマエは思うけれども、無理矢理ハンジにドア付近に居るエルヴィンの元へ腕を引っ張られる所為で抵抗できない。一緒に戻れ、ということなのだろうか。ハンジは2人の背中を押してドアの外に出した。

「ナマエ」
「な、なに?」
「不安は本人と話せばなくなるんじゃない?」
「話すって…っ!」

ナマエが何か返そうとした瞬間彼女の鼻先でドアはバタンと閉められてしまった。

「何かあったのかい?ナマエ」
「え、いや…」
「不安は本人と、と言っていたな…結婚のことか?」
「し、仕事のことかもしれませんよ…?」
「じゃあ話してごらん」
「う…」

彼に嘘をつけないのは昔からで、もちろんそのことをエルヴィンは把握済みだ。並んで歩きながら堪忍したナマエは重たい口を開いた。よく考えずに不安なことを口にしてしまう癖をどうにかしなければ、と考えながら。

「エルヴィンは…あたしで良いのですか?」
「じゃなきゃ結婚を申し込むと思うかい?」
「い、いいえ…」
「ナマエ、ナマエが不安なら結婚は延ばしても良いんだ。君が決めれば良い」

そう言われてナマエはエルヴィンを見上げた。彼女の瞳は不安げで微かに潤んでいる。ナマエは彼にそう言わせてしまったことをひどく後悔していた。彼女がエルヴィンの側に居たいことに変わりはないからだ。

「違うんです…妻として責任を果たせるか、わかんないし、結婚って家庭を築くってことだし、仕事とかいろんなことをあたしにできるのかなって……ごめんなさい、エルヴィンの方が任務で大変なのはわかってるのに自分のことばかり…」
「その不安はわかるよ、ナマエ。私も守るべきものが増えるんだ。死ぬわけにもいかないし、かといって任務をないがしろにするつもりもない」
「はい…それは、そうです」
「それでもナマエともっとこの先の未来を見たいと思っているんだ。」

意外と簡単に解決することなのかもしれないよ、と彼は付け加える。

「ナマエが不安に思っていることを言ってくれて嬉しいよ。ずっと抱えたままじゃなくて私に言ってくれたからね。不安なことも知りたいと思うのはおかしなことじゃないだろう?それも側に居て欲しいからだ。」

難しいようで簡単、簡単なようで難しい。結局、彼の隣を歩くのは自分じゃなきゃ嫌なのだ。ならばその先もわかりきったことである。

「まあ、つまりナマエ、君を手放すつもりはないよ」
「あ、あた、あたしもです…!」
「はは、それは嬉しいな」

「私と結婚してくれるかい?ナマエ」
「…はい!」

エルヴィンはナマエの左手を取ってそう言った。再度彼にプロポーズさせてしまったことへの後悔と喜びを胸にしてナマエは返事を返す。もう難しいことは考えない。考えたとしても受け止めてくれる人がいる。これも贅沢すぎるくらい幸せなことだ。


「愛してるよ、ナマエ」


エルヴィンはそう言ってナマエの薬指で光っているエンゲージリングに口づけた。

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