カランコエの冠

「エルヴィン!」


聞き覚えのある、鈴を転がしたような声が通りかかった広場に響いた。
自分を呼ぶ声が聞こえた方を向くと、そこには小さな女の子が立っていた。エルヴィンと目が合うとその子は満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってゆく。傍に来た彼女をエルヴィンは大切に抱き上げた。

「ああ、ナマエ!見ない内にまた大きくなったな!」
「えへへ!エルヴィン、あいたかったあ!」
「私も会いたかったよ、お姫様」

ナマエはエルヴィンを精一杯の力で抱きしめた。まだ小さいけれども、見る度に背が伸びて女の子らしくなってきている。つい先日まで彼の名前を上手く発音できなかったのに、子供の成長とは早いものだ。

「今日はどうしたんだ?」
「あのね!父さまがあしたからお休みだからね、母さまとおむかえにきたの!」
「父さまと母さまはどこだい?」
「父さまね、おうち帰るじゅんびしてなかったからじゅんびしててね、たいくつだからここで遊んでまってるんだよ!」
「そうか、良い子だね」

ナマエの父親はエルヴィンの同期で調査兵団の技術班で働いている。母親もエルヴィンの同期で、調査兵団で働いていたが、ナマエの妊娠を機に引退していた。ナマエの両親とは訓練兵の頃から仲が良かった為、ナマエの事は生まれた時から知っていてエルヴィンもとても彼女の事を可愛がっていた。


兵団本部内だから危ない事はないだろうし、物わかりの良い子だから1人で待てるだろう。だが、久々に会ったので少しばかりナマエと時間を過ごそうとエルヴィンはナマエを抱えたままベンチに座った。するとナマエは少しだけ心配そうにエルヴィンを見上げた。

「エルヴィン、いそがしくないの?」
「ああ、大丈夫だよ。それともお姫様は私とお話したくないかな?」

エルヴィンに迷惑をかけては駄目だ、と会う度に両親に言われるのでナマエは気を使っているのだろう。眉を下げた様子がとても可愛らしく、エルヴィンの保護欲をそそる。彼が大丈夫だと言うとたちまち表情を変えて花が咲いたように笑った。笑ったり泣いたり、そしてまた笑って、へらりとしているナマエが彼にとってはとても愛おしかった。時々、このまま持って帰りたいとさえ思う。

「エルヴィン、あのね…」
「うん?何だい?」
「えっと、えっとね…、エルヴィンといっしょにいたい!」
「ああ、父さまと母さまが来るまでここにナマエと一緒に居るよ」
「やった!じゃあね、エルヴィンにお花のかんむりつくってあげるね!」
「冠なんか作れるようになったのかい?」

ナマエはエルヴィンの膝から降りると自然に生えた草花を摘み始めた。エルヴィンもしゃがみこみ、これは使えるか使えないか、ナマエに使えるものを聞いて一緒に花を摘んだ。

「エルヴィンはね、きんいろのかみだから、きいろの花じゃなくてピンクとかあかとかあおとかをたくさんつかうの!」

なんだか父親になった気分だと少し浮かれる。このまま大きくなってナマエがお嫁に行くのだと思うと、エルヴィンも本当の父親さながら悲しくなった。悲しくなるのなら自分がお嫁にもらえばいいのでは、と一瞬自分でも驚く事を考えて、1人で苦笑いを浮かべた。


「でーきた!」


ついこの間までフォークやスプーンをまともに使えなかった彼女が器用にも冠を作り上げていて、エルヴィンは感心した。ナマエはエルヴィンの金髪の上に色とりどりの冠を載せる。きれいね、と言って彼の髪を撫でた。

「ありがとう、私のかわいいお姫様」
「ふふ、くすぐったぁい!」

エルヴィンはナマエの手を取り、甲に唇を落とす。彼女はくすくすと笑って肩を竦めた。

「エルヴィン、ナマエのおよめさんになってほしいなあ」

頬を染めてそう言ったナマエは本当にかわいらしかったが、その言葉にエルヴィンは固まった。

「…ん?お嫁さんかい?お婿さんとか王子様じゃなくて?」
「うん、およめさん。だからいつかけっこんしてほしいの!」
「わ、私はどっちかっていうとお嫁さんよりナマエのお婿さんになりたいかなー…?」
「えー…、でもナマエがエルヴィンをまもってあげるの!父さまみたいに!」

巨人や意地悪な人からエルヴィンを守るの、とナマエは拳を握った。きっと誰かを守るのが、お婿さんの役目だと思っているのだろう。そんなナマエが愛おしくてエルヴィンはナマエを抱きしめた。

「ありがとう。ナマエ」

「ナマエー!」
「あ!父さまだ!じゃあね、エルヴィン!だいすきよ!」

ナマエはその小さな手をエルヴィンの頬に添え、彼の鼻の頭にキスをした。


人類の為ならば多くの犠牲を払う事も厭わないのに、こんな時ばかりは、彼女を守れたら、ナマエが大切にするものを守れたら、と願ってしまう。去って行くナマエを見つめながら今だけはずっと傍に居てくれたら良いのにと、寂しくなる心を隠した。


※カランコエ
花言葉:あなたを守る、幸福を告げる


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -