プロメテウスの懐柔

コクリ、…コクリ、
さっきからソファでエルヴィンの隣に座るナマエは何度も何度も舟を漕いでいた。それはもう仕事中である事なんて関係無いとでも言うように。
その子は少女とも女性とも言えるような、中間に位置していると思う。どちらも持ち合わせていて、時にそれを武器に自分を惑わせるのだと、エルヴィンはナマエを見た。

ナマエは舟を漕いでは、パッと目を開けて報告に目を通す。しばらくすればまた舟を漕いでは、必死に起きようとする…こんな事を何度も繰り返していた。

「ん、…あ、すみません…」

眠りに落ちようとしては小さくエルヴィンに謝っていた。

「ナマエ、お茶にでもしよう。さっきから座ったままだし少しは休憩でもしないと、眠たいだろう?」
「うん…あ、はい…お茶入れましょう。」
「別に敬語でなくても良いと言ってるのに、」
「一応、仕事中ですから…」

眠気眼でナマエはそう言った。2人は恋人同士ではあるが、ナマエはきちんと公私を分けようと勤めている。自分達の仕事は命がかかっているからだ。それに、相手はあの、調査兵団の団長だ。ナマエが敬語を取り払うのは、仕事が終わって眠るまでの少しの間だけだった。

立ち上がり、お茶を入れに給湯室へと向かうナマエをエルヴィンは横目に見ていた。
何を隠そう、ナマエが昼間に舟を漕いでしまうのは自分の所為でもあるとエルヴィンは考えていた。連日、夜遅くまで仕事が続き、仕事が終われば彼が満足するまで彼女を求めてしまうのだ。睡眠不足だとはっきり、わかる。エルヴィンは立ち上がり、彼女の後を追った。

ナマエはぼんやりとシンクの前に立ち、目の前にある窓から外を眺めていた。

「ねむ…」
「…寝不足、なんだろう?」
「団長?座っててください。すぐにお持ちしますから。それに、立ったら少し目も覚めました。すみませんでした。」
「ああ、すまないね。」
「何に、謝っているんですか…?」

エルヴィンは後ろからナマエに近づきシンクの淵に手を置いた。2人の間に隙間は無くなっていた。

エルヴィンはナマエの首筋に鼻を寄せる。

「私の、所為だろう…?」

首元で吐かれる言葉にナマエはゾクリ、と背筋を震わせた。

「あ、あの…何のことでしょう?」
「寝不足の原因、だよ。」
「ち、がいますよ」
「一日中一緒にいるんだ。わかるよ。今日は仕事も少ない。少し、眠っても大丈夫だよ。あとで起こそう。」
「ダメですよ!あたしだけ寝るなんてできません!」
「別に、大丈夫だよ。」
「ダメです。」
「大丈夫だ。」
「イヤです。」
「……。」

その表情は大人、と言うよりはあどけなさの残る少女のようだった。ナマエが仕事に熱心なのは本当に感心すべき点だ。彼女がエルヴィンの元に就いてから、とても頼りにしているし、仕事も幾分か楽になった。そして、本音を隠したような笑顔や、その頑固さを、この手で解きほぐしてしまいたい、とエルヴィンの加虐心を擽るのは、ナマエの少女のようなあどけなさだった。しょうがない、とエルヴィンはナマエの頬に唇を寄せた。し、仕事中ですよ…とナマエは耳まで赤くし小さく呟いた。

ソファに戻り、2人で紅茶を飲む。
この時ばかりは気を抜いて、たわいもない話をし、2人は距離を埋めて座る。少しくらいなら、良いだろう。
無垢に笑うナマエがエルヴィンにはかわいく感じて堪らなかった。自分の為に寝不足になって、それでも自分の為に働く。何となく優越感が彼を飲み込んだ。

「ナマエ、」
「はい?…んぅっ?」

突然唇を塞がれ、ナマエは咄嗟にエルヴィンの服を掴む。エルヴィンはその手を解きほぐして繋いだ。

「ど、どうしたんですか」

エルヴィンも大人の余裕、とでも言うべきか公私はきちんと分けているはずなのに、どうしたのか、とナマエは思ったが、それは口に出されることなくエルヴィンの唇に吸い込まれる。差し込まれた舌は優しく甘く、ナマエの口内を溶かしていく。

すぅっと2人の間には銀の糸が繋ぐ。それを見て、ナマエは異常に恥ずかしくなった。

「ねぇ、ナマエ。私は、ここに居るから、ちょっと休憩していてごらん。」
「でも、ダメです…」
「良いから、じゃないとまた夜寝られないよ?」
「う…」

じゃあ本当に少しだけ…とナマエは言った。


暫くすると彼女はエルヴィンの肩に身を預けて眠っていた。
顔にかかる髪の毛を耳にかけてやる。全く良い歳をした男が幾分か歳の離れた女性に夢中になっているものか。それでもその手を離さないように繋ぎ止めておく。エルヴィンは手に持っていた紙の束をテーブルに置いて自分も少しだけ、と目を閉じた。


「おーい、エルヴィン、こないだの報告資料…って、」

ハンジはノックすることもなくエルヴィンの部屋のドアを開けた。それでいつもナマエに部屋に入る前のノックはマナーです!と怒られている事をハンジはドアを開けて気が付いた。

「あらら、なんてまたベタに幸せそうだこと。」

エルヴィンとナマエは2人で身体を預け合い手を繋いだまま眠っていた。

ハンジは机に資料を置いて静かに出て行った。あとでからかってやろう。


「エルヴィンさん!もう6時ですよぉ!起こしてくれるって言ったのに!」
「あ、」
「なんで一緒に寝ちゃってるんですかぁ!」
「もうこんな時間か、すまない…」
「…でも、スッキリしました。ありがとうございます。ほら、お茶入れるんでさっさと仕事片付けちゃいましょう」
「ああ、良い夢を見たよ。」
「そうですか、あたしもです。」

ナマエの手を掴んだエルヴィンはその甲に優しく口づけた。

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