水平線を辿れば

「煌帝国へ行くぞ」


返事をする暇もなく煌帝国へ向かう船へ乗せられ、バルバッドの件でシンドバッドの補佐をして、そして気付けばシンドリアへ戻る船に乗っていた。事が突然だっただけに驚くほどあっという間に時が過ぎていた。早送りで時間が流れて、ふとした瞬間にぽっかりと暇というか時間を持て余すことがある。きっといつもは部屋に籠って書物を読んで平凡な生活をしているからだろう。シンドバッドが関わると何もかもが目まぐるしい。船の上でやっと今、ほっと息をつけた。

「アリババくん元気にやってるかな…」
「随分気落ちしていたからな…。国からの知らせでは大きな問題はないと言っていた。幸い最悪な結果にはならなかったし、今回のことを早く伝えてあげたいものだ。…ありがとな、ナマエ。ここまで着いて来てもらって」
「ほとんど無理矢理連れて来て今さら何を」
「はっはっはっ、でもバルバッドに煌帝国の船団が来たときからわかってただろう?」
「まあ…」

穏やかに揺れる海を眺めながら、半年前の出来事を思い出す。バルバッドで起きた革命は忘れられない記憶になった。それと同時に、傷ついた人達に何もできない私のふがいなさを痛感した。

生まれたときからある程度恵まれた環境に身を置いていた。基本的な学がついた頃から政治や外交について学ぶようになっていて、何の縁か導きかは知らないが、国の在り方をこの目で見たくなってあちこちを渡り歩くようになると、偶々旅先で出会ったシンドバッドにその知識を買われて、気付けばシンドリアの建国にも携わっていた。それからというものの、ダメだとわかっていつつもシンドバッドの眩しさに寄せつけられるがまま、シンドリアに身を寄せている。今は他国との交渉において求められれば私の中にある知識を貸す、といった条件でシンドリアに居るようなものだ。

「シンドバッド、」
「なんだ?」
「私、早いうちにシンドリアを出るね」
「は、急だな…!どうして!?」
「外交官になるっていうの断ってまでシンドリアにずっとはいられないよ」
「そんなの気にしなくたって良いのに…!」

そんなに驚かれると思っていなかったからこちらも少し唖然とした。


シンドバッドの側に居るのはとても充実しているし、煌びやかだ。外交官になって欲しいと言う願いを受け入れられないことを申し訳ないと思ってるのも確かだけどバルバッドの件でそれに安心しきってしまっていることに気がついて、自分がやりたいことを思い出したんだ。

私の興味があるのは、建国期にどのような経緯を辿ったのか、革命が起きたとき、その国はどういった結果を迎えたのかということ。だからいろんな国を見て回った。ほとんどの国が何かしら問題を抱えていているし、栄光を手にするものもいれば、その影では苦悩を抱えるものがいる。シンドリアだってそうだ。建国期にはシンドバッドはたくさんの困難に直面した。特に世襲制で時代の流れと共に王位を継いだものとは違って、シンドバッドは1代で国を築いたから、その重責は多大なるものだったんじゃないかと思う。

統治者として最終的に決断を下すのは王であるシンドバッドなのだ。そこにどれだけの悩みを抱えていて、犠牲を払っているのか、私には理解してあげることはできない。私は知識を得て、どうすべきなのか比較して、優れたものを与えることしかできないからだ。私みたいな傍観者、もしくは被治者には何もわからないの。自分の領域を守るので精一杯だから。
だけど国交や国事において苦しんでいる人々を救う方法を見つけなければならないんじゃないかと思った。それがこれまでの人生を踏まえた、私が導かれるものなのだと。

「そんなに焦らなくてもいいんだぞ?何かあったなら相談にのるし…」

うん、焦ってるのはシンドバッドの方だね。その表情がおかしくて思わず口元が緩む。何かあったからシンドリアを出るんだよ。だけどそれはシンドバッドの所為なんかじゃない。

「私ね…アリババくんの決断は、あんな少年に簡単にはできるものではないと思うの。この世界ではほとんどの国で王政が敷かれてる。共和制を受け入れられる国民がどれほど居た?何の体制も無くなるに近い国を、自分達の手で作れるって本当に思えたかな?でも国を守ることを、彼は家族を守ることと同じだと考えたんだと思う。私もすべきことを探さなきゃって考えさせられた」
「…じゃあ俺の国に居ながら探せばいいじゃないか」
「バルバッドに行ったからもっとたくさんの方法があると思ったの。まだまだ私も未熟だなって思い知らされたんだよ。シンドリアじゃそれを知ることはできない」

シンドバッドは口をつぐんで、少し考えているようだった。そこまで引き止めなくても良いのにと思う反面、シンドリアに居て欲しいっていう彼の気持ちはすごくすごく嬉しい。

「…わかった。だがもう少しの間だけ、ナマエの力を貸してくれ」

シンドバッドがやろうとしていることに関わっているのも少し恐れ多い。でもシンドバッドに力添えすることも私が導かれるもの。

「うん。わかった。あとね、王政が悪いって訳じゃないよ。シンドリアはシンドバッド王の手で本当に素敵な国になった。だから貴方がシンドリアを建国した瞬間を見ることができたのをとても誇りに思ってる。ありがとうシンドバッド」

ずっと思ってたことを改めて口にすると、気恥ずかしいけど、それを紛らわすように笑った。シンドバッドもにやりと笑う。

「国を出るまで酒盛りに付き合ってくれよ?」
「はは、しょうがないなあ」
「…ナマエ」
「ん?」

シンドバッドの手が私のそれに重ねられる。潮風が私達の髪を揺らした。

「ナマエは俺の家族だから、いつでも戻ってこい」
「私が帰る場所はもう生まれた国じゃないよ。シンドリアって決めたの」

シンドバッドのこの嬉しそうな顔を見られなくなるのは名残惜しいかもしれない。冒険ができるなんてちょっと羨ましいぞ、とシンドバッドは口を尖らせた。私のは冒険と言えるかわからないけど、シンドバッドの気持ちが少しでもわかってあげられるようになるのかな。あまり多くは期待しないでおこう。家族を守る術を探しに行くのだから。

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