スタードームリゾルブ

「ねえ見てエルヴィン、お星様がきれい!」
「本当だ。今日はよく見えるな」

散りばめられた星は宝石のようできれいだった。寒いからやめときなさい、と言われたけれど、今にも手が届きそうな星空をせめてもっと近くで見たいと思って窓を開け放した。はあ、と吐き出した息は白く宙に消えてゆく。エルヴィンの大きな手が私の肩を抱き、冬独特の静寂の中で月明かりだけが私達を照らしていた。このとき初めて、エルヴィンの瞳の次にきれいだと思えるものに出会った気がした。小さいながらにも世界が美しいと思えた瞬間を私は未だに覚えている。外においでよ、幻想がそう囁いた。

「お星様って名前がついているんでしょう?」
「ああ、そうだよ。あそこに3つ並んでる星が見えるかい?」
「あのいっちばん高い木の上にあるやつ?」
「そう、で、その上と下に2つずつ星があって、オリオン座って言うんだ」
「…いっぱいあってわかんない」
「ははは、おいでナマエ。本で見せてあげよう」

その後エルヴィンに図鑑でオリオン座を見せてもらった。エルヴィンに引き取られて、まだ小さかった私が、初めて覚えた星座だった。もう1度窓を開けていいかとエルヴィンに訊くと、エルヴィンは困ったように笑いながらもう駄目だと言った。
初めて覚えた星座の名前を何度も頭の中で復唱して、寝付くまで窓の外にオリオン座を探していたのを、星を見上げる度に思い出す。



エルヴィンはあの時よりも強く、怒ったように駄目だと言った。ああ、またか。あれも駄目、これも駄目。12歳になった私は、育て親であるエルヴィンに反抗心ばかり持っていた。何故やりたいことをやらせてくれないのか。何故、エルヴィンがいる調査兵団を志願することが駄目なのか。調査兵団に入って巨人を倒せば、少しはエルヴィンの役に立てるかもしれないのに。

「なんで?」
「なんでもだ」
「そんなに私は役に立たなさそう?」
「…違う」
「じゃあ理由を言ってよ!納得できない!」
「お前を死なせられない」

何を言ってるのだろうと思った。今までにたくさんの兵士が命を果たしてでも外に出たっていうのに、その人達だって死なせられなかったはずなのに。

「そんなの死にたくないって思ってた人達に失礼だよ」
「ナマエに何がわかる?いや、わかる必要もない。ナマエ、お前は兵士になる必要はない環境に居るんだ。頼むからもっと他の道を見てくれ」

確かに、エルヴィンのおかげで私は何不自由ない生活を送ってきた。お腹いっぱいごはんを食べさせてもらって、勉強を教えてもらって、恥ずかしいことに開拓地に送られる人達がいるということも最近知った。だけど外に出てみたいとか、エルヴィンの背中を追いたいとか、そういった思いを我慢しなければならないことに素直に頷けるほど私は大人じゃない。

「嫌だ。もう訓練兵にも志願したから」

そう言って私は家を飛び出した。それからエルヴィンには会っていない。訓練兵になってから自分がどれだけ恵まれた環境で育てられたかを思い知り落ち込んで、少しだけエルヴィンに会えないのが寂しいと思ってしまったこともあるけど、後悔なんてしていられなかった。捨てられていた私を拾ってくれたエルヴィンに恩返しができるのは、エルヴィンと同じ調査兵団に入ることだとしか思えなかったから。


だから今、エルヴィンに私が後悔していることを知られたら、エルヴィンはどんな表情を私に向けるのだろう。


調査兵団の入団式でエルヴィンを3年ぶりに見た。そこでエルヴィンの目は確実に私を捕えた。家では感じたことのないエルヴィンの気迫を感じた瞬間に怖くなった。エルヴィンが、お前に何がわかると言ったことがリフレインする。あれくらいの覚悟を持っていない私は、死ぬのだ。間違いなく。怖い。怖くてエルヴィンの顔を見られなかった。

生きる道なんてもっと他にあった。だからエルヴィンは私に考え直せと言ったんだ。エルヴィンに親孝行がしたいと思ったように、エルヴィンも私の生きている姿を見たかったんだ。だから死なせられないと言ったのかもしれない。
外においでよ、それは壁の外の悪魔が囁いていたのだと、今さら気がついた。

「ナマエ」

入団式を終えて人々が宿舎へと戻って行くざわめきの中で、その声だけは茫然と立ち尽くしていた私を現実に戻した。もう話すことがないかもしれないと思っていた育て親が、調査兵団の団長が、まさか一兵士に話しかけるとは思いもしなかったからだ。

「…エルヴィン、団長…」
「もうナマエは1人の独立した人間だ。私はお前に対して昔のように何かを言って聞かせることもできない」

拭いきれない後悔がどんどんとその染みを広げてゆく。

「だが」

私がエルヴィンと目を合わせたのを確認してから、懐かしむように私を見つめた。

「私も1人の人間として言うよ。自分の養い子が兵士になることを選び、実現させたことを誇りに思う」

それだけ言ってエルヴィンは優秀そうな兵士達と消えていった。エルヴィンと言葉を交わしたのは本当に一瞬のことだった。


オリオン座を覚えた次の日にこんな逸話を読んだ。サンワという孝行息子が、水をせがむ両親のために池開きをしていないうちに水を汲んでしまった。それを見た王はたいそう怒って彼を矢で殺してしまったという。オリオン座の三ツ星はサンワが持っていた天秤棒を指し示す。

死んだサンワはどう思ったんだろう。親が水をせがまなければ、と憎んだだろうか。自分が孝行娘かはわからないし、彼と境遇も違うけれど、私がサンワなら両親の役に立ちたいと思ってやったことなのだから、その定めを憎んだり悔んだりはしない。

エルヴィンと星空を見上げた日のことを思い出して、空を見上げるともう随分長いこと星なんて見てないことを思い出した。こんな風に見上げたのはいつぶりだろう。上を向いた意味はなくなって、滲んだ涙がこぼれる。

「綺麗なのになあ…、エルヴィン…」

エルヴィンが隣にいないと美しい世界は欠けているように思えた。

無くなるはずだった捨てられた私の命を拾ってくれた人のために、生きていたい。逆にそのために死ぬのだって後悔はしない。エルヴィン、いつかまた2人で星を眺めたい。その手で私の頭を撫でて、褒めて欲しい。震える手を、血が通わなくなるほど握りしめた。

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