アザーブルーに揺蕩う

※p.s.1437のその後のお話


「ナマエさん」

そう呼びかけられると不本意ながらもビクリと肩が震える。ああ、またこんな反応をしてしまった。彼の思う壺にまんまとはまらされている。ゆっくり振り向いたあたしは引きつった顔をしているだろう。

「それ、やめてくださいよ…」
「はは、良いじゃないか。たまに懐かしくなってね」
「別になんの不利がある訳でもないですけど…驚きます…」

振り返ればエルヴィン団長が口角を上げながら渡したばかりのカップを口に運んでいる。敬称をつけて呼ばれると、訓練兵だった頃のエルヴィンさんを無意識に思い出してしまう。しかもあの頃より少し深みが増して言ってしまえば腰にくるような声で呼ぶからこちらとしても良いのか悪いのかよくわからない。いや、決して良いとは言えないのだけど。こちらの反応を見て楽しみたいが故にあたしの名前を時たまさん付けで呼ぶようになったのはここ数日のことで、その度に妙な反応をしてしまうあたしも学ばないのが悪いのかもしれない。

「そう言わずに、一緒に休憩しませんか?」
「ふふ、もちろんです」

エルヴィンさんが笑ってそう言えば、笑顔で応えるしかないだろう。向かいに座ってティーポットからお茶を注ぐ。

「でも、懐かしいです。エルヴィンさんの若い頃」

懐かしいし、新鮮だった。でも、エルヴィン団長に好きだと伝えたけれど、あたしは昔の彼に対してはどう思ってたんだろう。すごく曖昧だった気がする。ドキドキはしたけど…とにかくこの人のためにがんばろうとか守らなきゃとか今と変わらないけれどその部分ばかりを優先したのが彼に対する感情だったように思う。

「君がそう思えるなら良いことだ」

コトン、エルヴィンさんがそう言いながらカップを置いた。こっちとしては懐かしいってもんじゃなくて遠い昔のことのようだ、とそう言っているように感じた。

「まったく昔の私は浮かばれないな」
「根に持ってるんですか」
「いや、特にアプローチしたわけじゃないからね」

あたしの言葉が終わった瞬間に即座に言い返された。絶対根に持ってるこれ…。あたしは戻ってきてすぐに想いを伝えられたし、今はとても幸せだ。だけどエルヴィンさんからしたら今は良くてもそうじゃないんだよなあ…と口をつけたままのカップの縁から見える彼をこっそり見上げた。あれ、待っててもらえたとか思っちゃうなんて自信過剰かな。

「私も馬鹿だな」
「何がですか…?」
「あんなに素敵な恋文をくれたのだから、もらってすぐに読んでおけばちょっとは浮かれられたかもしれないだろう?」
「ッだから!それもやめてください!」

その話は、さん付けで呼ばれることの次に恥ずかしいからやめて欲しい。なんだか最近こんな風におちょくられてばかりだ。素直だったエルヴィンさんが懐かしい…。

「もう、エルヴィンさん、あたしのこと馬鹿にしすぎです」

ポットにお湯を足しに行こうと立ち上がり、彼の横を通り過ぎようとすると突然手を引かれる。当然バランスを崩して声を洩らしながら目を閉じると、エルヴィンさんに支えられながら彼の横に座り込んでいた。

「あぶな…っ」
「馬鹿になんてしてませんよ」


真っ直ぐにこちらを見る青い瞳は一瞬、突然あたしにキスをした若かりしエルヴィンさんを思いがけずよみがえらさせた。かあっと顔が熱くなるのがわかる。


「だ、だから、それ…」
「あのとき言えなかったので、伝えておきます」
「……っ」
「俺はナマエさんが好きです」


熱が上がりすぎて声が出せない。小さく震えるあたしを見てエルヴィンさんは愉快そうに目を細めた。


「いっ、今それを言わなくても…」
「ダメでしょうか?」
「いや、ダメっていうか…」
「じゃあ仕事が終わったらまた言わせて下さい」
「もうっ普通にしてください…っ」
「はは、ちょっと意地悪しすぎたな。真っ赤だ」


余計に良いのか悪いのかわからなくなる。あたしは彼が好きだけど、敬語を使う昔の彼にそう言われても今みたいな胸の高鳴りを感じていたのだろうか。溶けた砂糖みたいな口付けをくれようとしているエルヴィンさんの甘い誘惑に負けて、あたしは彼の手を取った。

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テーマ「人外ファンタジー」
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