たったひとつの運命線

怒り半分悲しさ半分で訳のわからない顔をしながらドカドカと大きな音を立てて廊下を突き進む。すれちがう人達はあたしのことを奇妙な目で見てるけど別にどう思われようが関係ない。バターン!と友達の部屋のドアを力強く開けた瞬間、視界は涙で一杯になった。

「うわああん!!ピスティ!もうやっぱりヤダァ!これもうダメ!むしろ悪い結果しか見えません!!」
「そう…じゃあもう最終手段に出るしかないね!ナマエ!」
「最終手段…?」
「浮気しちゃいなよ!」
「…む、無理だって…!無理無理!」

もうピスティが極端なことしか言わなくなってしまったから、あたしは勝手に彼女のベッドに潜り込んでピーピー泣いた。お先真っ暗だ。


なんでこんなことになってしまったのか。理由は単純だ。恋人であるジャーファルさんが自分のことを本当に好きで付き合ってくれたのか確認したかったからだ。紆余曲折、時にはお色気作戦にまで手を出した。血の滲むような思いをしてやっと付き合えた彼は、仕事一筋だし、元々あんな人だからデートは無論、一緒に過ごす時間さえほとんど取れない。
…何であたしなんかと付き合ってくれてるんだ?って疑問に思ったわけですよ。だからある日ピスティに相談してみたら、「じゃあ確認してみなよ」って今回の作戦を提案してくれた。わざとそっけなくする、とか話しかけられても気付かないフリをする、とか王様やシャルルカンと仲良く話しているのを見せつけるとか、そういったものだったのだけど、ジャーファルさん、全ッ然なびきませんでした。そっけなくしたらそっけなくし返されたし、気付かないフリしたら書簡で殴られたし、王様と話してたら仕事しろって王様と一緒に怒られた。これじゃあ彼女どころか王様と一緒に役立たず認定されちゃうよ。で、泣きたくなってピスティの部屋に駆け込んで今に至る。

「ジャーファルさんもよくわかんないからなー」
「ううっ…あれでほんとに男なのかよお…っ」
「そんなジャーファルさんが好きなナマエも変わってるんじゃない?」
「そんなことっ、わかってるよお…!でもあたしがジャーファルさんのこと大好きってわかってて冷たくするんだからジャーファルさん性質悪すぎい!うわーん!」
「よし!もうパーッと気晴らしに飲みに行っちゃお?!新しくできたお店にいる男の子かっこいいんだよーっ!ほら、そうと決まればしゅっぱーつ!」

シャルも誘おっかー、スパちゃん来るかなあ?とか言ってるピスティにもどうやら見離されてる気がする。目元に風が当たるとひりひりして痛かった。

「あ!王様ーっ!良い所に!」
「ああ、ピスティ!…とナマエどうした?ブサイクな顔して」
「ブサイクなのは元からですけど何か…?」
「ごめん、謝るからアンテナ引っ張らないで」
「まぁまぁナマエ…。王様、これから私達と飲みに行かない?ナマエもストレス溜まっちゃってるみたいでねーっ」
「ああ、そうしたいのは山々なんだが…どうやら俺達ジャーファルくんに見つかってしまったようだ」

にこにこしているくせに王様の顔には冷や汗がダラダラ伝っていた。王様の後ろにはジャーファルさんが立っていて、どうやら相当お怒りのご様子だ。三角形の刃物が袖からこんにちはしちゃっている。

「アンタ達…まだやることがありますよね…?」
「ジャ、ジャーファルくん…ナマエちゃんがストレス溜まってるからどうしてもって言ってるんだ…今日ぐらい…」

あ、コイツ、今あたしのこと売ったな。人のこと免罪符にしやがった。

「シンはこれで3日連続ですよね…今日という今日は駄目です。ナマエは行きたいならピスティと2人で行けば良い」
「君のかわいい恋人がこんなに辛そうな表情をしているのをほったらかしにしておけって…!?まったく冷たい男だな君は!」

またあたしを免罪符にして王がそう言うと、ジャーファルさんはあたし達を見下ろした。…その冷たい目の奥で何を考えてるの。というかせめて人間見る目で見てよ…。

「勝手にすれば良い。どうせ酒屋で他の男でもひっかけてくるんでしょう。この間もシャルルカンやシンにちょっかい出してたみたいですし」
「なっ…!そんなんじゃないし、そ、それはジャーファルさんが…っ」
「私が…?何?」
「…自分の心に聞いてみたらどうですかっ。何かわからない方がおかしい!ジャーファルさんなんてもう知らない!」

ジャーファルさんの物言いに腹が立ってつい言い返してしまった…。ピスティが素直になっといた方が良いんじゃないー?ヤムとかがいい例じゃあん、とあたしの服の袖を掴んでいる。王様が視界の隅でオロオロしているのが映ると余計に腹が立ってきた。ジャーファルさんはしばらく黙ったあと、これまたこっちの腹が立つような溜め息をついた。

「…もう良いです、じゃあおしまいにしましょう。さよならです」

そう言い残して踵を返した。…あの人絶対あたしが泣きついて戻ってくるだろうとか思ってそうだ。今までがそうだったから安心しきってるんだ…!ああ、むかつく!

「いいのか…ナマエ?…ってうおっ!?」
「こンの、馬鹿ジャーファル!!」
「ぶ…ッ!?」

結構な音がしてジャーファルさんが地面に突っ伏す。あたしが繰り出したとび蹴りは思ったより勢いがついてしまってジャーファルさんと一緒に倒れ込んでしまった。彼の背中にはくっきりとあたしの足跡がついている。

「いったいな…!何なんですか!」
「何なんですかこっちのセリフですよ!ジャーファルさん全然デートとかできないし、あたしのこと好きじゃないんだと思ったらなんか他の男に媚び売るなみたいなこと言うし…!」
「ちょっ、痛い!く、首絞まってるから…!」
「ジャーファルさんがあたしのことほったらかしにするからですよ…いつまでもあんたの後ろひっつき歩いてると思ったら大間違いですよ!あたしは金魚のフンじゃねえんですよ…!」
「し、死ぬ…、わかっ、…わかったから!!」
「シンドリアの母ならもっと懐デカく構えろってんですよ!!」

ブハッと王様が吹き出す声が聞こえた。自分が何を口走っているのか、何が何だかわからなくなってジャーファルさんの胸倉を力一杯泣きながら揺さぶっていると、あたしの手にジャーファルさんの手が重ねられた。

「ごっごめんなさいナマエ…!あなたの前では恥ずかしくてそっけなくしてしまうんです…っ」

パタリ、と手を止める。ジャーファルさんの目は少し潤んでいた。顔が若干赤くなっていて、こっちが赤面してしまう。

「ほんとに…?」
「ええ、私が悪かったです…」
「あたしのこと…好きですか?」
「え、ええ…嫌いになるわけがありません…」
「うわああん!ジャーファルさあん!!」

ぎゅーっと抱きつけば、ジャーファルさんの細い指が髪を梳いてくれた。彼が引きつっている表情をしているのをこの時のあたしは知る術もない。

「ジャーファル、本気で命の危機を感じたんだろうな…。俺、もう少し女性には優しくしよう…」
「王様は十分優しいから女遊びをやめればだいぶマシになるんじゃないかなー?」

このとび蹴り事件をピスティは今だに大爆笑しながらみんなに言いふらしているし、この後ジャーファルさんはもちろん、シャルルカンとか王様も2割増しであたしに優しくしてくれるようになったとかなっていないとか。

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