床屋さんの真似事
「ねえ、シンドバッド。髪弄っても良い?」
「ん?ああ、むしろ髪じゃなくてもどこでも弄って良いぞ!」
「えーと、じゃあベランダからその髪を結んで吊るし上げてあげようか?ん?」
「いま髪の毛と俺の大事な部分がぞっとした…」
さぞかし良い景色が見えるだろうね、と言いながら断られたとしても無理矢理シンドバッドの髪を結おうと思って持ってきたクシや髪留めを取り出す。
ずっと彼の髪で遊んでみたかったのだ。あたしのなんかよりずっとツヤツヤでサラサラの彼の髪の毛は太さも程良くとても扱いやすい。手入れなんてほとんど何もしてないくせに一体あたしの日頃の苦労は何なのだ。神様は不公平だ。
「いっ…ちょ、強く引っ張り過ぎじゃないか?」
「え?あ、ごめん、つい…」
お団子にしてみたり編み込んでみたり遊びでやってるのになんとなく様になっているのは気のせいだろうか。それにしたって威厳ってものが無くなっちゃうので結局ハーフアップにして落ち着いた。
「ほんと綺麗な髪」
飽きもせずくるくると指に絡ませてはさらりと流れていく。
「次は俺の番だな」
「え?」
「ナマエの髪も俺が結ってやる」
「いいよお、バサバサだし…」
「俺は結構器用なんだぞ、ほら、後ろ向いて」
肩を掴まれて無理矢理体の向きを変えられる。そっと髪束を持ちあげられるとゾワゾワッと粟立つ。人に髪を触られるとどうも始めはそうなってしまうのだ。思わず肩を縮こますと小さく笑う声が聞こえた。
「ナマエの髪も綺麗だ」
指を髪に滑り込ませまとめ上げると、首筋が涼しくなる。確かに慣れた手つきでなんだか子供の頃に戻った気分だった。
「よし、出来た。なかなかだろ?」
そう言われて手鏡を覗きこめば、サイドでふんわりとお団子にされていた。か、可愛い…。ぼんやりとどうやって結われているのか確かめる。どこでこんなの出来るようにしてきたんだろう?まあ、シンドバッドの事だから大体の見当はついてしまう。
「まあ…飲みに行ったときに店の女に教えてもらってだな…ナマエもやったら可愛いだろうと思って」
予想通りだ。けれど後ろに居るシンドバッドは至って満足そうだし、あたしの為にやってくれたんだなって事はわかった。
「シン、ありがと!あたしこの髪型好き!ねえ、また頼んだらやってくれる?」
「ああ、もちろん。ただ…」
髪が結われた事で露わになった耳元と首筋にシンドバッドの唇が触れた。小さく、ゆっくりとリップ音が響いて後ろから抱きしめられる。
「手数料をもらわなきゃな」
それくらいお安いもんよ、と強がってみたけれど顔が真っ赤なのは彼にはお見通しなのだろう。