ビターシガレット

「お疲れ様、ナマエ」
「あ、エルヴィン団長、お疲れ様でした!あの、すみません…今回も揉めてしまって…」
「ああ、良いんだよ。彼がああいった性格なのは昔からだしね」

エルヴィン団長はさわやかな笑顔を浮かべてあたしの肩を叩いた。うちの師団長もこれくらいさやわかだったら、と一瞬考えてしまったけどあまりにもその姿が似合わなさすぎて何故かあたしが悲しくなった。


今日は三兵団合同の総会だった。私が所属する憲兵団の師団長さまは今日もまた会議中に調査兵団の団長さまに食って掛ったのだ。まあ、これは毎回のことである。損害の大きい調査兵団と全体の資金繰りなど厳しい点はあるものの間をどうにか取り持ちたいとあたしもあたしで頑張っているのに、どうにも師団長の所為でそれが崩れ去っているようにしか思えない。憲兵団には調査兵団を嫌う人は多くいるからその所為もあるだろうけれど。思わず溜め息がこぼれ出る。

「ナマエ、君は気にしなくて良いんだ。こちらはこちらで善処すべきなのだからね。それに…」

そこまで言うとエルヴィン団長はまた笑った。だけどそれは妙に悪戯っぽく感じた。

「君があまりこちらの肩を持ったら私がナイルに嫉妬されてしまうからね」
「な…!そんな事ありません!嫉妬される理由もありません!!」
「あれ、君達まだ恋仲になってないのかい?ナマエも素直にならないと」
「なななななんて事言うんですか!!やめてください!」
「はは、顔が真っ赤だよ、ナマエ。…おっと、師団長様のお出迎えだ。」
「まだ居たのか、エルヴィン。さっさと帰れ」

エルヴィン団長が目線を向けた先、あたしの後ろを振り返るとナイル師団長が立っていた。さっきの会話聞かれてないといいのだけれど…。

「言われなくとも私は本部に戻るよ。じゃあ、2人ともまた。次は君達の良い知らせが聞けたら良いのだけど」
「ちょっと!最後の一言が余計です!!」
「何だよ、良い知らせって…」
「師団長には関係ありません!」

ははは、と憎らしいほどさわやかに笑いながらエルヴィン団長は消えていった。


エルヴィン団長はいつもああやって私をからかう。師団長にはお世話になってるし、彼が色々苦労してるのを知ってる。特別な感情があるのかと言われれば、ある、と思う。一緒にご飯を食べたり、飲みに行ったりするのだって、何となく居心地が良いから。でも好きだという事自体が今ではなんだか悔しく感じる。素直にならないとってエルヴィン団長が言ったのはその所為だ。


「戻るぞ、ナマエ」
「あ、はい…」

今日の総会は憲兵団の本部で行われたので、会議の内容やエルヴィン団長の愚痴を聞きながら2人で執務室へ戻る。さっきの会話の所為で妙に隣に師団長が居る事を意識してしまう。この人、そろそろ良い歳だし、そういう相手が居たっておかしくない。でも女の人に興味があるのかさえよくわからない。


「ナマエ、」
「はい?」
「お前、今日の会議、やけにエルヴィンの味方したな」
「いえ、そのような事は。私は誰の味方もしません。公平な事を選択するだけです」
「どうだか。人間ってのは好意を持ってる奴の言う事は正しく聞こえるもんだからな」
「つまり私がエルヴィン団長に好意を持っていると?」
「別にそうとは言ってないだろ」
「じゃあ何ですか、もしかしてエルヴィン団長に嫉妬されてるんですか?はは、まさか」
「お前なあ…」

ナイル師団長はそこで歩みを止めた。この人あんまりいじると怒るんだ。いじると言ったって何もしてないけれど。

「じゃあどうなんだよ」
「なにがですか?」
「エルヴィンが好きなのかどうか」
「そりゃ好きですよ」
「は?」
「かっこいいですし、優しいですし」
「本気なのか」
「さあ、どうでしょうね」
「…まあさっきの様子からしてお前あいつに惚れてるんだろうな」
「そうかもしれませんね。調査兵団に移動しようかな」

その後に冗談ですよ、と言おうとしたのに、隣を見上げると師団長のいつも不機嫌そうな顔は更に不機嫌になっていた。思わずやばい、と心の中で冷や汗をかく。

「お前な、あんまり俺を妬かすなよ」
「は?え?っちょ…」

肩を押されたと思ったらすぐそばの壁まで追いやられた。ギリギリと肩に彼の手が食い込む。

「私なんかに妬く必要ないでしょう!」
「あ?黙ってりゃ冗談ばっかり抜かしやがって」
「うわっ」

師団長の顔がぐっと近づいた。彼がいつも吸っている苦い煙草の匂いに包まれてくらくらする。

「言わないとわからないのか」
「え?」
「ナマエ、覚えとけよ


エルヴィンにお前をやるつもりはないからな」


耳元でナイル師団長の声が響いて、思わずぞくりとした。

今までになく彼が魅力的に見えたのはきっと惚れた弱みだ。貴方を好きだと言えないあたしもあたしだけど、師団長も師団長だと思う。あたしの顔を見て満足気にあたしから離れた彼は再び執務室へと歩を進めた。

「ナイル師団長っ…!あたしっ…!」


あたしの事をどう思っているか、彼の口から引き出すまで素直になんかなってやらない。


「調査兵団に移動届出します!!」
「はあああ!?やめろ!俺が許さん!」
「なんでですか!」
「なんでもだ!冗談でもそんな事言うな!」


ちゃんと言葉にして言ってくれる日なんか来るのだろうか。

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