ピーターパンシンドローム

※大学生と社会人エルヴィン


はやく大人になりたいって言っても、もう社会人は目の前だ。こんなことを思うのは、卒業論文に追われているからか、それともこの貧相な身体付きが時も経てば改善されるのではと碌でもないことを考えるからか、はたまた、年上の恋人を思ってなのか…。おそらく、なんて言葉を使わなくとも1番最後が大きな原因である。

恋は盲目と言うけれど、四六時中彼を想ったり、あんなことやこんなことしたり…なんて考えること自体がまた大人とは掛け離れている気がする。
こんな事ばかりが頭の中をぐるぐると渦巻いて、とっさにあたしは漫画で見るように頭をふるふると振るった。せっかくの日曜日だが、明日提出のレポートに手をつけたのがついさっきなため、パソコンの前に座るも、一向に進まなかった。もっと早くやっとけば良かった、なんて一体いくつになるまで繰り返せば直せるのか。

「はぁ…出掛けたい…」

…あたしが思う大人はもっとクールだ、

「ナマエ」

そう、彼のように。

「疲れたのなら、コーヒーでも飲もう。」
「う…ごめんなさい、エルヴィンさん。せっかくの休日なのに…」

溜め息をついたあたしを気遣ってか、エルヴィンさん、もとい、言ってもいいのか未だに迷ってしまうけど、あたしの彼氏がカフェオレの入ったマグカップを渡してくれた。しかも、あたし好みの甘いカフェオレだ。…いたたまれない。

「いいんだ。たまには家で過ごすのもいいじゃないか。まぁ、ナマエはレポートをやらなきゃならないけど」

エルヴィンさんは柔らかなアイボリーのカバーが掛けられたソファに座ってコーヒーを飲んでいた。何か雑誌のような物を読んでいる姿が一層大人っぽくて、地べたに座ってパソコンとにらめっこしている私とは掛け離れている気がした。

彼はいつも休日は外に連れてってくれる。あたしが休日は街を歩くのが好きなのを知っててそうしてくれる。特に買う物がなくても、毎週同じ店を覗いたとしても。
彼に甘えたくなるのは、彼がそれだけ包容力に溢れてて、優しいからだ。あたしはいつもその優しさにまるで糖分を見つけた蟻の様に引き付けられてしまうんだ。だから、いつ迄も、彼に見合ってない大人の女性になりきれない、ただの女の子なままだ。

「…エルヴィンさん、」
「なんだい?」
「エルヴィンさんって、年上の女の人付き合った事ありますか?」
「まぁ、それなりには…どうしたんだい?」
「じゃあ、あたしみたいな子とは?」
「ナマエみたいな子って、ナマエはナマエしかいないだろ。」
「…そうですね。」

なんだか自分でもよくわからなくなって再びパソコンに向き合った。

「あたしは…はやく社会人になりたい。」
「どうして?勿体無い。」
「だって、そしたらエルヴィンさんと、もっと大人の付き合いができる、かもしれない。ヒールの似合うおねえさんになって、ワインとかも似合って、絵になるねっていろんな人に言われたい。」

「じゃあ、ナマエは今は満足してないということかな?」
「満足だらけで、むしろなんか申し訳ないです、あたしみたいな小娘が…我儘聞いてもらってばかりな気がします…」
「そんな風に思わないでくれ。若いうちは、いろんなものが欲しくなる。私もそうだった気がするよ。」

彼は柔らかい笑顔で、地べたに座るあたしの手を掴んでソファーへと導く。

「でも、今は、君が欲しいと思うものは全てあげたいと思っている。私が歳をとったからか、それか、君がまだ若いからかな。」

嗚呼、だから狡いんだ。その笑顔も、言葉ですらもあたしが欲しいものなんだから。

「ナマエこそ、同じ学生の方が気楽でいいんじゃないのかい?」
「嫌ですよ。」
「どうして?若いし、趣味も合うかもしれない。気を使う必要もない。それともお金を持ってるオジさんの方が都合が良いかい?」
「な、なな、なんでそんなこと言うの?」

お金を持ってるオジさんの方がいいだなんてそんな風に思われてるのだろうか。

「ナマエがどう思っているか全部はわからないけど、」
「ち、がう。お金なんか、関係なくて…」
「他に良い人がいるのかい?」

どうしよう、話の流れが…。イヤ、この話は辞めよう。
なんて思っていると握られていた手をぐっと引っ張られた。


香水も何も使っていない、彼の匂いがする。背中に添えられた手の力強さから、彼があたしを想ってくれていると感じていいのだろうか。
頭の上から、はぁ…と溜め息を吐く音がした。その音を聞いて、呆れられたと思った。中身のない脳味噌で咄嗟に考えるまでもなくあたしは口を開いていた。

「エルヴィンさん、あの、ね、お金とかは本当関係ないの!エルヴィンさんが良いの。あたしが子どもだから…もっとエルヴィンさんの隣に並んでも恥ずかしくない様な女の人にならなくちゃって。でも、ちっとも大人らしくなんてなれないし、好きだから余計、子どもみたいになっちゃう…」
「はは。私は逆に君を繋ぎ止めておくので精一杯だよ。大人なのにね。ナマエは歳が近い子と話している時の方が明るく見えるからね。」
「そうなの?」
「そうさ。」

「…。えと、レポートします。」

話が何と無く落ち着いた時、抱き締められている状態が急に恥ずかしくなって彼の腕から離れた。

「ナマエ、カラオケでも行こうか。」

その言葉を耳にした途端、あたしは口にしていたコーヒーを噴き出してしまった。

「え、えぇ!?」
「冗談だよ。最近の若い子は何をしてデートをするのが好きなんだろうね。」

う…もう…もう!

「エルヴィンさんっ大好き!!」

我慢できずに抱き着くあたしを彼は笑って受け止めてくれた。

「私もだよ。ナマエのしたいことは何でもしよう。」
「エルヴィンさんがしたいこともですよ!」
「あぁ。」

昼時も過ぎたまどろみがとても居心地良い。晴れているけど、彼の優しいキスが降ってくる。なんて、ね。なんて、幸せなんだろう。レポートをしていたせいで難しいことを考え過ぎてたんだ。あ、レポートやってたの今思い出した。

「ん…」
「部屋に行こうか、」
「へ、え?」
「たまには昼間でもいいだろう?」
「うぁ、だ、ダメです!先にレポート…!!」
「…レポートはしなければな。」

彼は真面目で大人だ。

「でも…」
「?」
「コンビニ、行きましょ?」

でも、あたしが大人になった所で彼はまたその上をいくんだろう。むしろ、この間隔が好きだ。大人の彼だからこそあたしは今、幸せを感じるのだ。

「最近の若者はコンビニデートやらは常識ですよ。いや、ちょっと古いかな…」
「オーケー。それなら息抜きにもなる。」
「なんかだいぶ息抜いた気がしますけどね…」

若干青ざめるあたしの額には、優しいキスがまた落とされた。


(大人になんてならなくてもいいのかもしれない)

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