消えていく今日を

※『p.s.1437』の番外編(本編をお読みになっていなくても読めると思います)


「エルヴィンさん、お誕生日おめでとうございます」

エルヴィンさんの補佐になって1年目の事だった。淹れたてのお茶が入ったカップを彼の机に置きながらそう言ったあたしを、エルヴィンさんは不思議そうに見上げた。何の事かとでも言うように。間違えてしまったのだろうかと変に汗をかいた。

「ん?ああ、ありがとう。すっかり忘れてたよ。誰から聞いたんだい?」
「ハンジさんに、今夜はエルヴィンさんのお誕生日パーティという名の宴会を開くからって言われて、それで初めて知りました…」
「ははは、彼女は私の誕生日という名目で騒ぎたいだけなんだよ」
「でも、エルヴィンさんのお誕生日だけは毎年祝ってるって」

それってエルヴィンさんがそれだけみんなに慕われてるって事じゃないだろうか、と力説すると、彼はまた謙遜した。だけど、その表情は穏やかで、少し嬉しそうに見えたのはあたしの気のせいだろうか。

彼がこの世に生まれてきた今日があたしにも特別に感じられて、何故か自分の誕生日みたいに心がそわそわとする。あたしも精一杯お祝いして喜んでもらいたいな、と少しだけ夜が待ち遠しくなった。



夜は聞いていた通り、祝うべき人を差し置いてのどんちゃん騒ぎだった。

グラスを片手に飲み明かす人、誰かと踊り出す人、まるで年越しにする宴会みたいだった。あのリヴァイさんやミケさんですら、声を出して笑っている。当の本人はグラスを片手に部屋の奥にあるソファーに座って、代わる代わるお祝いの言葉を告げにやってくる兵士達と話をしていた。

あたしは補佐になってから初めてこのパーティーに参加したので異常なまでの騒ぎっぷりに少し驚いたけれど、普段はあまり口にできないお酒を飲んでふわふわと浮足立っていた。すると突然手を引っ張られ部屋の中央に連れていかれる。

「ナマエ、踊ろう!!」
「えっ、うわ、ハンジさんっ…!えっ!?あたし、踊れません…!」
「そーんなの、私だって踊れないよー!」

あっはっはっと、酔った彼女は大きく笑いながらあたしの手を取ってステップを踏み始めた。なんだかとても楽しくて、あたしも笑ったり叫んだりして、ハンジさんに着いていく。いつの間にかあたし達の周りで踊ってる人も増えて、ハンジさんがエルヴィンも踊ろう!と叫んだ。

「じゃあ、ナマエにお相手を頼んでも良いかな?」
「えー!私の相手を取らないでくれよエルヴィン!」
「君はもう十分踊っただろう?ほら、リヴァイが暇そうだよ」

仕方がないなあ!と、ハンジさんはリヴァイさんの方に向かった。リヴァイさんは至極迷惑そうな顔をしていたけれど。


そのままあたしはエルヴィンさんに手を取られてゆるやかにエスコートされる。彼はジャケットを脱いで腕捲くりをしているのに、燕尾服を着た王子様にでも手を引かれている気分だった。背が高く気品のある彼と、貧相なあたしでは、釣り合わないのが自分でも空しい。

「ああ、今日は酔ったな…。ナマエ、少し外に出ないかい?」
「はい。…大丈夫ですか?」
「少し涼みたいだけさ」

酔っ払ったと言う割には爽やかすぎるほどの笑顔向けられてくらりとしたあたしも、きっと随分と酔っ払っている。あたし達が外に出ていくのを、この場じゃ誰も気付きなんてしなかった。
部屋の外にある中庭を2人並んでゆっくりと歩く。


「毎年こんな感じなんですか?」
「ああ、そうだよ。去年なんかはハンジとリヴァイが喧嘩をしだしてね、ミケと2人がかりで止めに入ったんだ」

酔っているのだろうか、エルヴィンさんはいつもより饒舌だ。笑いながら話す彼は、見ていて新鮮な気分になる。つい、彼との距離が縮まったようだと、勘違いしてしまうほどに。

「エルヴィンさんが嬉しそうであたしも嬉しいです、エルヴィンさん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ナマエ」
「ごめんなさい、お誕生日だってあらかじめ知ってたら、何か用意できたのに…」

それは何の下心も無い、ちょっとした一言だった。普段お世話になってるからお祝いがしたかったのだ。だって彼が生まれた日は1年に1度しかないから。

「いや、そんなのは良いよ。それにもう十分祝ってもらった。毎年祝ってもらっておいてこんな事を言うのはなんだが、特別な事はしなくて良いと思ってる。果たさなければならない使命もあるしそれをやり遂げたい。だから、実のところ、毎日が貴重な1日と言って良いくらいなんだ。毎日を無駄に過ごす訳にはいかない。私は彼らと過ごせる毎日がとても大切だよ。もちろん、ナマエとも一緒に居たいからね」

こういう風に返されるとは思ってなくて、あたしは呆気にとられたような顔をしているに違いない。今はあたしと喋っているから、そう言ってくれたのだろうけど冷めかけた体の熱が一気に上がるのがわかる。恥ずかしさを紛らわすように冷えた手を頬に当てた。

「あ、たしは…、エルヴィンさんが生まれたこの日がとても、嬉しいんです…。自分の事みたいに。エルヴィンさんのご両親に感謝したいくらい。あなたに、命を与えたから、あたしはエルヴィンさんの下で働く事ができてるので…」

必死になって生きている内の1日をまた生き延びたに過ぎないのだと、そう言う事なのだろう。でも生き延びた事を痛いくらいに感じられるのも今日くらいだと、あたしは思うのだ。途切れながら尻すぼみになっていくあたしの言葉を聞いて、エルヴィンさんは笑った。

「はは、私の両親に感謝したのはナマエくらいだよ。私も感謝しよう。私を産んでくれたから君に会えた事をね」

自分で言っておいて恥ずかしくなりながら、俯いた。彼が同じような事を言ったらとても様になるのにあたしは…。


「金木犀の香りがするね」


自分が生まれた季節だからかな、この香りが好きだ、と夜空を見上げながらエルヴィンさんは言った。あたしもこの香りが好きだ。一瞬で表われて消えるこの切ない秋の季節も。


少しだけ冷たくなってきた夜空を辿って金木犀の香りがした。


HAPPY HAPPY BIRTHDAY! Erwin! 20131014

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