07
これで色々つじつまが合う訳だ。自分は今、過去にいる。
目が覚めたら今まで共に働いていた人達は存在していなくて、知らない人ばかり。その所為で記憶障害だと勘違いしていたけど、やっぱり違ったのだ。

…夢でも見ているのだろうか。

何故あたしの存在がここで認識されているのかはわからないけれど、それ以前にあたしがここに居る事自体がさっぱり訳のわからない事象なのだ。

そして気が付いた事がもう一つ。あたしが担当する授業、訓練のどちらにもエルヴィンさんが居た。よく知っている彼の過去なんて知る事がなかったから、どうしても目が行ってしまう。あたしの知らないエルヴィンさんを見るのはとても新鮮でおもしろかった。


「ナマエさん!ここ、よくわからないのだけど…」
「ん、どれですか?」

兵法の授業中、訓練兵達はよくあたしに声をかけてくれる。というか、そういう風にしたのだ。教官、と呼ばれる事も拒否した。教官が怖いから実力を出せない子だっている。少なくともあたしの同期にはそういう子がいたから。壁の外は甘いもんじゃない、と思うのだけど、他に怖い教官はたくさんいるから、あたしの授業くらいは良いだろうと思って、あたしの甘さ故にやっている事だった。それでもって、元はこの子たちはあたしより年上なのだ。そう思うとあたしもついつい敬語で話してしまう。

「ナマエさーん、前から思ってたんですけど、」

突然、ある訓練兵が教室に響く声であたしに呼び掛けた。

「ナマエさんは、訓練兵団の教官ですよね?どうして調査兵団の紋章がついているんですか?」
「あー、それですか、言ってなかったですっけ?あたしは元は調査兵団の団員です。訓練中に故障してしまって、しばらく壁外には出られないので訓練兵の指導に当たっているんです。」

後ろ髪をかきながらそう言うと、教室はざわめいた。じゃあ巨人を見た事はあるのか、壁の外には何があるのか、と質問が飛び交う。本当は訓練兵団の紋章がついた上着を着るべきなのだけど、少しでものあたしの抵抗だ。あたしは調査兵団に戻る。
ふと、視線を感じてそちらの方を向くとエルヴィンさんと目が合った。彼はあたしが調査兵団の団員だと知って、少し驚いたような顔をしていたけど、とりあえず笑ってごまかしておいた。



授業が終わり、続々と訓練兵達は出て行く。今日の訓練はもう終わりだし、ご飯を食べたらルカにでも会いに行こうかな、と考えていると、よく聞いた事のある声に呼び止められた。

「教官、」
「エルヴィンだんっ…、噛みました、エルヴィンさん、教官って呼ぶのやめてくださいよ。」
「いえ、それは…。紋章がついていたので察してはしましたが、教官が調査兵団の兵士だなんて驚きました。」
「別に気にしなくて良いのに。あー、意外でしたか?」

ついうっかりエルヴィン団長と呼びそうになってしまった。危ない危ない。そして何故か彼は頑なに名前で呼ぶ事を拒む。信頼されていないようで地味に落ち込むんだよね。あなたの部下は泣きそうですよ。

想像していた通り、彼は主席で卒業できるくらい成績が良かったし、全体的なバランスも良い。班長もしていて、訓練中はリーダーの才覚がすでに表われている。ただ、上下関係にはややお堅い所があるみたいだ。


…そういえばこの人は貴族や商会の人達とのやり取りも慎重かつ巧みだったな、と思い出す。あたしに対しても何か有りそうだ。

「あの、…何故、初めてお会いした時あんなに困惑してらっしゃったんですか?」
「えーと、それは、」

彼は他の訓練兵と違って何かあたしを見定めているようだった。本人は何でもない振りをしているけど、あたしだって何年もエルヴィンさんの下で働いてたのだ。わかるものはわかる。
誰でも普通、初対面の人があんなにがっついたらおかしいと思う。でも彼にそう言われると、なんだか補佐をしていた時の事を思い出す。発言したさらにその先は何を考えているかがわからないから、無償に不安になる時があるのだ。今、まさにその感覚に近い。視線を上げると、エルヴィンさんと目が合う。

彼は疑わしげにあたしを見つめる事なんてしない。むしろこちらの出方を伺っている。考えている事のほとんどを胸の内に秘めているのだろう。こんな時からそうだったんだ、この人は。


実はあたくし未来から来ました!君は調査兵団の団長になる男だよ!なんて言っても信じてもらえないだろうし、昔本で読んだ事があるのだけど、こういう事は口にしない方が良いのだ。未来に影響が出るとかで。

「いや、エルヴィンさんの事を眉目秀麗だって噂で聞いてたので、どんな人だろうと思ってたんですよ!はい!いやあ、実際に見たら本当にかっこよくて、びっくりしちゃって!頭も良いですし、モテるんじゃないですか?」

「…さあ、どうでしょうか」
「…冷たいですね。」
「以前どこかでお会いしましたか?」
「あなたの事は、噂でしか、聞いた事ありませんよ。もうご飯の時間ですね、じゃあまた明日。」


色々と聞かれて墓穴を掘っても困るので急いで教室を後にした。


…若い頃からあの調査兵団団長様の才覚は確立されていたのかと思ったけど全部が全部そういう訳でも無いか。仲間達と話している時は、青年らしく声を上げて笑ったり、小突きあったりしている。ただ、あたしには何だかそっけない。


彼は、どういう青年時代を過ごしたのだろう。


彼の部下であるあたしにとって、エルヴィンさんの過去を知りたいと思うのは至極当然の事であった。


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -