05
運が良かったのか骨はヒビが入ったくらいで折れていなかったので、木の幹が刺さった右腹の治療に専念して、数週間経った。

あれから本当にハンジさんにも、リヴァイさんにも、エルヴィン団長にも会わなかった。というか本当に彼らはここには存在していなかった。訳がわからないけど、あたしの存在は認識されているようで、あたしが知らない人達でもあたしの名前を呼んで、あいさつをしてきた。

あたしは団長付きの補佐ではなく、ここではただの平兵士だった。それでも技術は兵士の中でも優れていたらしく、いろんな上官達や兵士達と面識を持っているようだった。そのおかげで全く知らない人達に毎日毎日声を掛けられ、その度に困っている。


「本当に記憶がなくなっちゃったみたいだな。」
「そう、みたいですね」
「おいおい、俺ら同じ班員だったんだぞ。敬語で話すなよ。」

あたしが怪我をしている時に診てくれていた兵士はルカという名前で、リハビリにも付き合ってもらっている。彼はできるだけあたしと一緒に行動して困った事があれば助けてくれる。知らない人の名前を教えてくれるとか、それが中心だけど。


「ルカ、あたしどうなっちゃうんだろう…。」
「記憶はないにしろ、怪我が治れば動けるんだ。ちゃんと復帰できる。」
「…良い人だね、ルカは。良いお婿さんになれるよ。」
「なっ、なんだよお前、そんな事言うキャラだったか!?ってかお婿さんかよ!!」
「失礼な。どんなキャラだったの、あたし。あたしはいつ何時も感謝を忘れない乙女だよ」
「そういや、一歩壁の外に出れば腕は結構な物なのに、壁の中に戻ればただのアホだった気がするわ。」
「もし記憶がなくなる前がそうで、今も変わってないならあながち間違いではないかも…」

いつかリヴァイさんにも似たような事を言われたな、と思った。本当に彼らは存在しなかったものなのだろうか。だとしたら、なんでこんなに鮮明に覚えているんだろう。本当ならば壁外調査を終えた今頃は、リヴァイさんも、ハンジさんもみんな、報告資料作成や会議に追われてるはずだ。大丈夫だろうか。…一番気にかかるのは彼だ。

夜も下手すれば寝ずに作業を続ける。男性だし、そんな事でくたばったりはしないのだろうけど…。

…エルヴィンさんに会いたい。

一つでもいいから、何か支えになりたかったのに



でもこの記憶は本当じゃないかもしれないんだ。どうして。



怪我の調子もだいぶ良くなり、動けるようになった。相変わらず怪我を負う前からの記憶は全くない。だから、今の生活にも多少の支障はあった。だけど、立体機動の訓練に参加できた時は、なんだかスッとした。唯一何もかもが変わる前とはほとんど変わらなかったのが、立体起動装置だったから。

「ナマエ、体の具合も良くなってきたみたいだな。…話がある。」
「あ、はい」

立体機動の訓練を終えて、怪我をして目が覚めた時に会った上官に呼び止められた。きっと復帰の話だ。問題無ければ、そのまま調査兵団の兵士としてまた働ける。その問題が記憶障害なのだけど。

「ナマエには復帰し、そのまま働いて欲しいと考えている。」
「本当ですか!!」
「ああ、しかし、記憶がない事には仕事に支障をきたす。しばらくは壁外に出なくてもいい」
「じゃ、じゃあ何をしろと…?戦えないのですか?」
「上官の中には、良く思ってない者もいる。」
「なっ、なんで…!」
「立体機動や兵法は忘れてないとは言い、記憶がない者が戦えるのか、と」
「そんなの関係無いですよ!!大丈夫です!できます!」
「すまない、ナマエ。君の処遇は決まったんだ。」
「え…」
「君にはしばらく訓練兵団で訓練兵の指導に当たってもらう」

ちょうど訓練兵の指導者が人手不足でね、と上官は言った。調査兵団も人手が足りないんじゃないのか。くそ、めんどくさいから訓練兵団にいろってか。記憶がない者が戦えるのか、なんてただのこじつけだ。人手不足の訓練兵団に飛ばすには勝手の良い理由だ。


「わ、かりました…。」


何なんだ、もうよくわからない。日に日に記憶がない事を受け入れるばかりか、疑問ばかりが頭をよぎる。


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テーマ「人外ファンタジー」
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