03
壁の中に帰ってきて急いでナマエを医療班の元へと運ぶ。他の兵士達は、壁外ですら見た事のないような切迫した表情を浮かべるエルヴィンを見て驚いていた。

ナマエは辛うじて息をしているようだが、命の保証があるとは言えなかった。死んでいるかのように横になっているナマエの横にエルヴィンはただずっと座ったままでいた。



「エルヴィン…あなたにはやらなければならない事が沢山あるだろう?」
「ハンジ…そうだな、すまない。」
「ナマエは私の部下に診させておくし、何かあったらすぐ呼ぶようにするから。」

彼はいつも通りの表情を装っているが、落胆しているようだった。そんなエルヴィンを不憫にも思いつつ、団長としての仕事をして欲しいとハンジは伝えた。彼が彼女を部下として非常に大事にしていた事を知っている。それはエルヴィンが初めてナマエに会った時からそうだったからだ。



ナマエが調査兵団へ入って来た頃、まだ人類は100年近く巨人の襲撃に合っていない安寧の中にあった。巨人の恐怖を知らず、ただ名誉のために調査兵団を志願する者は今よりも多かった。エルヴィンはその中で初めてナマエを見た瞬間、あの日突然消えた彼女を思い出した。たまたま調査兵団本部で出くわした彼女を見て思わず彼女の名前を口にした。

「ナマエ…?」
「はい…そうですが、何故兵士長はあたしの名前をご存じで…?」

名前も姿形も全て彼女と同じ。しかし、ナマエは自分の事は知らなかったようだった。気のせいだ、とエルヴィンは自分に言い聞かせる他なかった。ナマエは自分の部下だと。


調査兵団へ入ってきた新兵達の半数以上は彼らにとって初めての壁外調査で命を落とした。多くの者の目的は名誉のためだったからだ。人類に心臓を捧げると言って覚悟を決めきれなかった者が死んだ。ナマエは最初の壁外調査から帰ってきた時、落胆しきっていたものの、自らを引き上げる意思を持っていたのか、熱心に訓練に取り組み腕を上げていった。いずれナマエはエルヴィンの率いる隊に所属するようになる。

そんな中生き残ってきたナマエにエルヴィンは何故調査兵団に入ったのか聞いた事がある。

「いつまでも壁の中で巨人から逃れて暮らし続けるのはおかしいと思ったんです。まあそれもあるんですけど、エルヴィン兵長を、その強い意思が込められたあなたの眼を、初めて見た時に、調査兵団に入ろうと直感で思ったのがきっかけです。」

あなたは、人類の希望ですから、とナマエははにかんで言った。

その言葉にエルヴィンは目を見開いた。いつか聞いた事のある言葉だった。それは紛れもなく、昔出会った彼女が紡いだ物だったからだ。もしかしたらこの目の前にいる子が、昔出会ったナマエ自身なのではないかと思わざるを得なかった。だがそれを言葉にする事はなかった。彼女に言ってもわからないだろうと思ったからだ。それ以上に過去を振り返るのではなく、今のナマエを大切にしようと決めたからだった。


それからというもののエルヴィンはいつの間にか、団長の地位にまで上がっていた。共に生き抜いてきたナマエやリヴァイ、ハンジ、ミケなどは今も自分を支えてくれる存在である。




「ハンジ、あと5分だけここに居てもいいか?」
「まあ、駄目とは誰も言わないよ」

そう言ってハンジは困ったような顔をして医務室から出て行った。

「ナマエ…すまない。」

エルヴィンはそう言ってナマエの青白い頬に手の甲を這わせた。

「ナマエ、君にも誰にも伝えてない事があるんだ。だが、君には伝えておきたかった…。」


「君が私の部下になるずっと前に、私は君に会った事があるんだよ。あれはきっとナマエ自身だったんではないかな」



あの時からも、そしてこの調査兵団で出会ってからも、伝えていない事がたくさんある。どうか、どうか死なないで欲しい。同じ後悔を繰り返す自分をどうか許して欲しい。


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