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エルヴィンが部屋をあとにしてから、ナマエはやっとベッドから出てみた。体は鈍っているし、ハンジの言った通り、体力が相当落ちているようだ。まずいな、と思ったが、早く復帰してまた頑張って働きたいと、不思議と落ち込む事はなかった。

日が暮れて、暗くなり、ナマエは窓の外を眺めた。空気が澄んでいるのか、眩しいほどに月が明るい。ぼんやりと眺める暇もなく、カーディガンを羽織って部屋の外に出た。


久々に歩く道を行きながらも、頭の中は全く整理できていない。何を話すかも決めていない。けれど頭を抱えるような事でもなくて。

「もう1度会えたんだ。あの場所で本当の事を教えてくれ」

ただありのままを話すだけだ。あれだけいろんな事があったのになかった事にして逃げようだなんて思わないし、向かい合う事ができるのなら、きちんとそうしておきたかった。


エルヴィンが新兵だった頃に比べて、雑草が増えて覆い茂っている道を注意深く進む。坂道を登り終えると、すでに先客が居た。あの時とは逆だ。

「エルヴィンさん…」
「ここで会うのは何年振りだろうね」

エルヴィンは冗談混じりに笑った。壁外調査に出る前の晩に、話した場所。昔と同じように星がたくさん瞬いていた。

「ここで会いましょうって約束、守れた事になりますか?」
「そうだな、けどもう時効じゃないのか」

ナマエからしてみればつい最近の事だが、エルヴィンにとってはもう随分と前の事だ。エルヴィンは穏やかな表情で、おいで、と傍にナマエを座らせた。

「懐かしいな」

歳を重ねただけ、と言ってもエルヴィンはあの頃から随分と雰囲気が変わっていた。ナマエがこう思えるのは、若い頃の彼を見た事ができたからだが。

「あの時、ナマエは私が私に似てるって言っていたね」

そう言ってエルヴィンはまた、くすりと笑った。ナマエはからかわれている気しかしなくて口を尖らせて俯いた。もごもごと、あの時は…などと呟いている。

「今の、エルヴィンさんに会いたくなって…でも、それは言っちゃいけない気がしてたから、それでつい、似てるって言ってしまって」
「それは今の私にとっては嬉しい事だな」

低く笑うエルヴィンを見上げる。月明かりに透ける金色の髪。まだ分けられていないエルヴィンの無造作な髪の毛に触れて、今の彼のように分けたのを思い出した。そしてそのあとの事も。

「ナマエが私の髪を今みたいに分けて、」

「笑うくせに不安そうな顔をして、君はどこかに消えてしまいそうだった。だから手放したくなくて、」

「口付けた」


ナマエが記憶を辿り終えるのと、エルヴィンがそう言ったのは同時だった。性懲りもなく思い出して、顔が熱くなるのを感じる。あれは若気の至りだったとでも言われるのだろうか。笑って懐かしいと言われるのだろうか。しかし彼はもう笑うのをやめていた。


「それには別の理由もあって、私を見て欲しかったからなんだ」
「え?」
「ナマエが私じゃない誰かを見ていたのは知っていたよ」
「だからそれは…」

あなたの事です、そう言おうとしたがナマエはエルヴィンの表情を見て出かけた言葉を飲み込んだ。いつも彼が何を考えているかわからないのに、直感がこれは確信犯だと言う。エルヴィンは間違いなく手紙の内容に持っていこうとしている。エルヴィンは体をナマエの方へ向けて、訊いた。

「誰の事を考えていたんだい?」
「…エルヴィンさんの事を」
「どうして?」
「どうしてあたしが、あなたが訓練兵の頃に存在していたのか考えてたんです。あたしがあの時代、知っている人はエルヴィンさんのみでした。という事はあなたに関係があった。もしかしたらエルヴィンさんを守る為なんじゃないかって」


エルヴィンは頷いて先を促す。この人は、多分聞きたい事を聞き出すまで、自分の本音は言わないつもりだろうとナマエは感じていた。包み隠さず言うつもりだったが、タイミングもわからないし、やはり彼の方が1枚上手だ。


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