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「…ン、…ルヴィン!エルヴィン!!」
「…あ、…すまないぼーっとしてたみたいだ。どうした?」
「どうした?はこっちの台詞だよ!何回呼んでも気付かないし」

コレ、頼まれてた資料、とハンジは机の上に大量の紙束をドサリと置いた。こんな量、頼んでいただろうかとエルヴィンが思考を巡らせた昼下がり。

「ナマエは…?」
「相変わらずだよ…。まだわからないけれど、もしかしたらずっとあのままなのかもしれない。これからまた様子を見に行ってみようと思うけど…」
「…そうか」

ナマエはあの日以来、意識を失ったままでエルヴィンは心此処にあらずといった様子だった。また同じ後悔を繰り返すのかと思うと、むかし味わった苦しさを思い出して目の前の現実から目を逸らしたくなる。去り際にドアノブに手をかけたハンジは心配そうにエルヴィンを振り返った。

「エルヴィン、次の壁外調査が控えてるんだからちょっとは休んだ方が良い。最近寝てないみたいだし。エルヴィンの事も心配になってしまうよ」
「ああ、すまない、ハンジ」


椅子の背もたれに背中を預け目頭を押さえた。気をまぎらわそうにも上手くできそうにないのだ。こんなにも自分は不安定な人間だっただろうかと、ぼんやりと紙が散らばる机の上を眺める。エルヴィンはすっとジャケットのポケットに手を伸ばし、差し込んだ。柔らかい何かが指先に当たる。ポケットの底にポツンと仕舞ってあったそれを取り出して割れ物にでも触れるように親指でなぞった。
血や汚れで当初の色味を失くした小さな巾着は、ナマエにもらってからずっと、ポケットの中に仕舞っていた。

紐を解いて中身を見ると、折りたたまれた紙が入っている。幾分か時が過ぎている所為で紙の端々が黄ばんでいる。読むべき時が来たら読むように、とナマエは言っていた。あの壁外調査の日に。

ナマエがあれから戻ってくる事はなかった。出血多量であのまま息を引き取ってしまったのか、それとも巨人に食われてしまったのかはわからない。主翼と距離があった所為で助けに行くことさえできず、ただ彼女が必ず戻ると言った言葉を信じるしかなかった。けれどあの約束は叶えられる事なく、時間だけが過ぎた。

歳を重ねて経験を積んでいくうちに、戸惑う事も少なくなってきた。いつしか調査兵団のトップとして組織を率いる事になっても、前を見つめ続けた。彼女が言っていた通り、着いてきてくれる者達を信じて、後ろを振り返る事なく。彼女が何故自分を人類の希望と言ったのか、わからなかった。たった1人、好きだった女性を守る事も出来ず、まだ選ぶ事、決める事に迷いを持っていた自分を。でも今ならわかる気がする。


けれど唯一わからない事があった。
この手紙を読むべき時とはいつなのだろうか。


あの頃の彼女の笑った顔や、涙、キスした日の表情も全部忘れられなくて心の片隅に残ったままだった。そして、再びナマエを失おうとしている。
躊躇してタイミングを逃すくらいならいっその事、今読んだほうが良いんじゃないかと後悔したくない心がエルヴィンを急かす。それは、今まで戸惑っていたのが嘘なくらいの思いつきの行動だった。

昔も今も、よく目にしていたナマエの文字でしたためてある言葉を見てエルヴィンが立ち上がったのと扉が急に開かれたのは同時の事だった。


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