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(※本当に少しだけグロい表現があります)


それは一瞬の事だった。意識が無かったんじゃないかというくらいに記憶が薄い。


巨大な手に持ち上げられた彼を見た瞬間、アンカーを飛ばして、ギリギリの所で手の指を切り落としたら、思い切りバクリ、と音を立てて巨人が開けていた口を閉じて、うなじを削がないと意味が無いから何とか削ぎ落して…。
火事場の馬鹿力としか説明しようがないほど、冴えていた。…そこまでは良かったんだ。

着地した瞬間力が入らなくて地面に崩れ落ちて、自分でも錯乱した。太ももから血が溢れ出している。どうやら巨人の口に掠ったようで肉が抉られて筋肉も骨も見えた。痛い。

「…っい゛…っ!!」
「ナマエさん…っ!…血が!!」
「…だ、いじょうぶですから…」
「そんな訳ないだろう!?…っくそ!誰か!居ないのか!?」
「い、だい…」

何で説明する必要もないのに痛いしか口から出ないのか。あたしが馬鹿だからなのだろう。

「俺、馬を呼んできます!」
「良、いから、…アウグストを連れて今すぐここから離れて!3人ともやられちゃいます!」
「駄目だ!…じゃあ!抱えてでも行きます!」
「…エルヴィンさんでも2人抱えて立体機動は無理です。止血して固定したら、立てるので…。だから行ってください」

固定したら立てるなんて嘘だ。だけどどうにかして此処から離れて欲しかった。じきに血の匂いでも嗅ぎ分けて巨人達が集まってくるだろうから。

「っその怪我じゃいくらなんでも無理だ!」
「エルヴィンさんは…っ!!」

つい声を荒げてしまって、エルヴィンさんがたじろいだ。

「いつか、もっと大きな選択をしなきゃいけない時が来るんです!!あたし達を切り捨てたっていいから!あなたが後ろを振り向いちゃダメなんです…。その代わり、あたし達は死なないようにするだけだから…、だから、今どうしなきゃいけないか本当はわかってるんでしょう?」

自分の言っている事と自分の今までの行動に矛盾を感じながら、彼ならこんな事とっくに気が付いていてもう言う必要ないんじゃないかと思いながら、エルヴィンさんの手を掴む。もう言葉にも、手にも力が入らない。

「俺は嫌だ…」

声が震えていた。そんな声を聞いた事が無くて、あたしも戸惑ってしまうほどに。

「あなたに、まだ言いたい事が沢山あるんだ。だから、戻って来て欲しい…」
「も、どりますよ、必ず」
「信じて良いですか…?」
「はい」
「…っごめんなさい…!」
「はは…何で謝るんですか」
「守れなかった…」
「他にも、守るものはあるでしょう?…あなたは、人類の希望です。必要としてる人がいる事に、気付くと思います。…だから、早く逃げて」

エルヴィンさんは、青ざめた顔で一瞬俯いて、次の瞬間にはアウグストを抱えてあたしの顔をほとんど見ないまま行ってしまった。行ってしまった、なんておかしいか。指示に従った、と言うべきなのだろう。



巨人の残骸から蒸気が絶え間なく噴き出している

…ああ、ひとりだ

これで正しかったのかわからない。何が正しいのかわからないまま進む怖さは今まで何度だって味わってきた。何を考えているのかわからないと思って時々恐れていた彼ですらきっと、そうだったんだとわかった気がする。

血が溢れだす傷口からドクドクという脈を感じる。ゆっくりと横たわって目を閉じると、誰かに抱き締められているようにあったかかった。浅く眠りについている時に夢を見ている感覚に似ている。


「…せめてエルヴィンさんに、会いたかったな…」

ポツリ

こぼれ落ちて、森の中に消えた。


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