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「あ、ああ、あの、あのっ、きょ、今日は、早く寝てくだ、さい…っ」


何度かキスされて、頭の中が真っ白になってしまってやっと絞り出した言葉はそれで、そのままどうやって自分の部屋に戻って来たか覚えていない。


何を、考えてキスしたのだろう。
あたしの中ではキスは好きな人とするものだ。だけどエルヴィンさんからそういった類の言葉は無かった。というか有無を言わさず逃げてきたのは自分だ。

確かにあたしはエルヴィンさんが好きだ。大切だ。
新兵の彼に対しても同じ事が言えるのだろうかと言ったらそうじゃない。
あたしは彼を守る為にここにいるのだし、心にそう決めてる。

今頃、エルヴィン団長はどうしているのだろう。

難しく考えれば考えるほど頭に浮かぶのは、あたしが背中を追ってきた、団長としての彼の姿だった。

明日は大事な日なのに何を考えているんだ。余計な事を考えている場合じゃない。

「もー…っ!」

それでも先程の出来事は衝撃的で、さっきの光景と、あたしにエルヴィン団長が微笑んでくれる光景が頭の中を駆け巡る。

ずるずるとしゃがみこんでまだ感触の残る唇に手の甲を押さえつけた。


どれくらい時間が経ったかはわからないけれど、明日の為に立体機動装置を点検して気をまぐらわそうとゆっくり立ち上がる。

最初はぼんやりと無心だったものの、気付けば考え事をしてしまっていた。

今のエルヴィンさんがこのまま生き延びて、歳をとれば、再び自分と出会うのだろうか。自分はこのまま生き延びるのだろうか。自分が死ぬ事も彼が死ぬ事も有り得る。また、自分が何故今ここにいるのかわからなくなって、手が止まった。

きっと今の彼も経験こそ足りてないものの、たくさんの事を考えているのだろう。あたしにも想像がつかない程かもしれない。人類の希望に、十分成り得る存在だと思う。

何があっても良いように、そう思い立って机に向かった。



次の日の朝は、思ったよりも精神統一できていた。というより余計な事を考える暇もなかったのかもしれない。陣形の最終確認やら何やらしていたらいつの間にか時間が来ていた。

壁から出る前に、エルヴィンさんに会わなければ

馬に乗る前に、彼が居ると思われる場所を探すとすんなり見つかった。

「エルヴィンさん、」
「…っ!ナマエさん!」
「体調は大丈夫ですか?」
「ええ…あの、昨日はすみませんでした。怒ってるのかと…」
「い、いえ!その事は今は置いておきましょう…!」
「…わ、かりました」

あたしがあまりにも錯乱したまま姿を消したからエルヴィンさんも気にしていたのだろう。今は余計な事を考えている場合ではないので、話をとっさに濁した。

「エルヴィンさんに持ってて欲しいものがあるんです」
「何ですか?」

あたしはポケットから手のひらに収められるほどの巾着を取り出すと、そっと彼に手渡した。

「何ですか?これ」
「それは、うーん、そうですね…。これから何年も経ってから中を見てください。いつか、読むべきだと思う日がくるかもしれないから。とりあえず御守りみたいなものです」
「わかりました。ありがとうございます」

彼は不思議そうにそれを眺めた後、ポケットに閉まった。

「エルヴィンさん」
「はい」
「あなたにはいろんなものが見えると思います。その所為でたくさん苦しむ事になるかもしれない。…あたしみたいな平兵士が言える事じゃないんですけどね。だけど自分を信じ抜いてください。死なないで、自由になるまで」
「…善処します。ナマエさんも、ご武運を」
「…っはい!それじゃあ、健闘を祈ります!」

笑わないと、さすがにエルヴィンさんを心配させると思ったから笑顔で別れを告げた。

開門を知らせる鐘が、もうじき鳴ろうとしていた。


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