17
とある昼下がり、ナマエは訓練から戻ると、頼まれていた仕事があるのでエルヴィンの執務室へと向かった。

「…あれ、」

入り慣れた団長の執務室に足を踏み入れると執務机に座っているはずの彼は居なかった。この時間に戻ると伝えていたのでここに居ると思ったのだが、どこにいるのだろうか。部屋の中に入り、ナマエは周りを見回す。


「あ…」


単純に珍しいと思った。


「寝てる…」


エルヴィンは執務室に置いてある客人用のソファで横になって眠っていた。側にある机の上にはいくらか紙が散らばっていて居眠りでもしてしまったのだろう。普段疲れた様子すら見せない彼が眠っているのなんてナマエにとってはとても意外な事だった。思わずソファに近寄り、しゃがんで彼の顔を覗き込む。

伏せられた金色の睫毛が、単純に綺麗だな、とナマエは思った。顔も整っているし、いつの内地の女性にもてはやされていると、ハンジが言っていた事をナマエは思い出した。

(まあ、それもそうだろうな…)

どんな綺麗な女性に囲まれているのだろう。どんな女性を、彼は選ぶのだろう。そう考えると、何故か落ち込んでしまっている事に気がついた。ナマエがソファに手を置きそんな事を考えていると、突然ぐいっとその手が引っ張られる。

「うわっ…!!ちょっ!エルヴィンさん!?」

咄嗟に床にひざをつきもう片方の手でソファを押さえ、彼に乗りかかってしまうのを耐える。なんとかそれは阻止できたものの、顔が近い。…多分だが、彼は起きている。そう思った瞬間エルヴィンの青い瞳がナマエを映した。

「ナマエ…」
「ああああ、あの、手を、手を…」
「ナマエ、聞いてもいいかい?」
「へっ?あ…、はい」
「昔、私と会った事があるか…?」
「え?いや、調査兵団に入ってからしか…」
「そうか、」
「あの…近いのですが…」
「ん?」

ナマエはとにかく恥ずかしさで何故エルヴィンがあのような事を聞いたのかわからなかった。エルヴィンは目の前でおもしろ気に笑っていて、ナマエと出会った頃の夢を見たんだ、と言った。それはエルヴィンが訓練兵の時のものだったと彼は決して言わなかったので、ナマエは必然的に自分が調査兵団に入った頃の事を思い出していた。自分と会った頃の事を覚えていてくれたのかと思って、ナマエは少しだけにやける。

「残念だ、もう少しバランスを崩してくれれば良かったのに。」
「な、に言ってるんですか」

エルヴィンは手の甲を額に置いてそう言った。その言葉で先程まで浮かべていた緩んだ表情はどこへやら。

「何してんの?」
「あっ、わ、は、ハンジさん!!」
「ああ、ハンジ。少し眠ってしまっていたようだ。」

手が離されたのでナマエは即座に立ちあがり、ハンジに体を向けた。それを不思議そうにハンジは見つめる。エルヴィンは起き上がり執務机に戻って、ハンジと話をし始めた。ナマエも大きく脈打つ心臓を収めるために作業を始めた。止まっていたら、心臓が爆発しそうで、忙しなく動く。


「ナマエ、あの資料はどこだ?」
「あ、そっち棚の1段目の真ん中らへんです。」
「えーと、」
「ありました?」
「ああ、あったあった。これはこっちに入れておくよ」
「はい、お願いします」
「…ねえ、君達随分仲良くなったよねえ。」
「仲良くって…」
「あのとか、これとかこっちとか、全くわかんないんだけど」
「まあ、一緒に仕事をしている時間は長くなってきたからね」
「そうですね…」


ハンジは資料を届けに来たついでに、ナマエとエルヴィンと雑談をしていた。ナマエとエルヴィンが交わす会話を聞いて、珍しいものを見たとでも言うように少しだけ目を見開いた。指示語ばかりの会話は自分が聞いても何を指しているのかわからないのに、2人はお互いが何の事を言っているのかわかっている。あまりにも自然に交わされる会話にハンジは感心した。

ナマエは言われて初めて気がついたので、おもむろにエルヴィンに目線を向けて表情を伺った。エルヴィンもナマエと同じような顔をしていた。エルヴィンが彼女の視線に気付くと彼はなんだか嬉しいねと言って笑った。

ナマエは思わず目を見開いてしまった。そう、思ってくれている事がナマエは嬉しかった。自分が彼の側で働いて、役に立てて、必要とされるならそれで良いのだ。少しだけ心に浮かぶ、彼への想いはそれらよりも順位は下だ


ナマエも彼の笑顔を見て笑った。今、この瞬間がとても大切で、ナマエが死にたくないと思うのも、こんな時を手放したくないからだ。


いつしかそれは、彼の背中を追うだけじゃなくて側に居たいと、なんとも欲張りな考えに変わる。ナマエはその時から、彼を大切な人だと思い始めていた


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