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「ナマエ!すまないが、今日だけ対人格闘術の指導に行ってくれないか」
「へ?」



今日の訓練も大半を終えた頃、対人格闘術の教官が風邪をひいたとかで、一日だけ訓練に行ってくれと、たまたま受け持つ訓練がなかったあたしに依頼が回って来た。

「対人訓練ですか…」
「演習だから、大丈夫。見てるだけで良いから」
「…わかりました」

実は対人格闘術が苦手なので無理です、とは言えなかった。まあ、見てるだけなら大丈夫だろう、なんて教官としてどうかと思う考えを抱いて訓練へ向かった。



「えーと、あたしが一日だけ指導に当たりますが、今日は演習なので、各自ペアを組んで始めてください。」

そう告げると訓練兵達はいそいそとペアを組み始めた。
あたしも途中交代して余った何人かとペアを組まされたけど、とりあえず何とかなった。だけど何となく訓練が始まった時から嫌な予感がしていたのだが、見事に的中した。



「ナマエさん、ペアを組んでもらっても良いですか」
「エ、エルヴィンさんとですか…」
「この間あなたと一緒に戦ってみたいって言ったじゃないですか」
「そういう意味で言ったんじゃないですよね!壁外での話ですよね、それ!」

にっこりとさわやかな笑顔を浮かべたエルヴィンさんが今だけは憎らしかった。いや、時々憎らしいのだけど。対人格闘術が苦手な上にこの大男に勝てるものか、と最初から諦めモードに入る。



「あの、ナマエさんが、ならず者ですよね…」
「そ、そうですけど何か…!?」
「向かってこないのはならず者とは言わないですよ」
「にやけるの止めてくださいよ!」
「いや、ナマエさんにも苦手な物があるのだと思って」
「エルヴィンさん!本気出さないと評価下げますよ…!!」
「じゃあ俺がならず者をしますから、ナイフを貸して下さい」

そう言ってエルヴィンさんはあたしの手からナイフを奪った。くそう、どっちにしたって無理だよ。でもこの訓練は、戦わなければ、終わらない…!


「ナマエさん、俺に何か話す事がありませんか?」


彼はナイフを向けながら、あたしに呟いた。出た、いつかもエルヴィンさんはこうやってあたしを疑ってかかった。そんなに何か隠しているとバレバレだろうか。隠しているといっても、彼を見ると思い出すのだ。エルヴィンさんやリヴァイさん、ハンジさん、ミケさん、他にも調査兵団の兵士達を。彼らとはずっと共に戦ってきたし、今彼らがどうなっているのかと、思い出してしまうのだ。隠しているというか、何というか…。

「特に、無いですよ…っとお!!」

あたしが考え込んでいるのを伺っている所に隙を見て、足を踏み出し、ナイフから手を離さすために腕を狙おうとすると、視界がぐるりと一転した。
頭打つ…!と思って目を瞑ったけど、思ったより体はスローに動いて、エルヴィンさんが気を使いながらあたしを倒しているのだと思った。

バタリ、と地に背中が着くと、エルヴィンさんはあたしに跨ってナイフを突き付けた。



「この際だから言いますけど、あなたは会う前から俺の事を知っているみたいだった。それと、俺の事をよく見ていると思うのは思い上がりですか?」



やっぱりまだ疑われていた。どんだけ疑り深いのこの人は。彼の真っ直ぐとした視線が突き刺さる。彼の言っている事は間違いじゃない。

もうこの際言ってしまおうか…別に未来に影響がどうだとか関係あるのだろうか。言った所で何になるのかすらわからない。

「……あのですね、実は…」

自分の声がすごく震えている事に気が付いて驚いた。彼も目を見開いてあたしを見ている。

「す、すみません、どこか痛めてしまいましたか…」
「い、いや…違うっ、んです…」

何故か視界が歪む。何かが頬を伝ったのでそこに手をやると、涙だった。それに気がつくと一度崩壊したダムのように涙が溢れ出る。

違う。どこも痛くなんてない。



あたしは、もう彼らの誰にも必要とされてないから、此処にいるのだろうか。あたしが勝手に彼らを守りたいと、共に戦いたいと思っていただけなのかもしれない。もしかしたら、元居た時代ではあたしはもう死んだのかもしれない。怪我を負ってから此処に来たから。もう、彼らの誰にも、会えない。今まで頭の中で渦巻いていた物が一気に自分を襲った。



あたしを起こそうとエルヴィンさんが伸ばした腕を掴む。

「エ、ルヴィン…さ、んっ…どうしたら、いいですかっ…」

いつもあたしを優しい瞳で見つめて名前を呼んでくれた彼に問いかけるように、目の前のエルヴィンさんに泣きついた。




でもエルヴィンさんは此処に居て、此処には居ない。


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