09
訓練兵団の卒業も間近になって新しく教官が来た。何故こんな時期に、とは思ったが、まだ訓練兵の自分には兵団の事情を知る由もなかった。

その教官は、初めて自分と会った時、とても驚いていた。そして教官と呼ばれる事を拒むし、何故か訓練兵の自分達に敬語を使う。それがひどく気になった。あくまでも兵士なのだから、統制を図るにはタテの関係は区切るべきではないのか。周りの教官とは違う彼女が何となく気に入らなくて…気になった。



勉強しようと思って人の少ないだろう食堂に行くと、彼女が居た。兵法の質問をすると、わかりやすく説明してくれたし、応用も教えてくれた。さすがは調査兵団というべきか。

「いえいえ!エルヴィンさんも調査兵団に入れるようサポートしますからね!」

彼女はへらへらして言った。その笑顔に惹きつけられてしまいそうで思わず目をそらす。…どうもこの人はよくわからない。就寝時間が来るので、礼を言い食堂を出た後、同じ訓練兵のクラウスとすれ違った。



ふと、食堂に懐中時計を忘れた事に気が付いて、取りに戻ると、彼女はクラウスに腕を掴まれていた。何となく2人の表情を見ると察しが付いた。ほら見ろ、そうやって訓練兵に気を許されてしまうのだ、と2人を見た瞬間、教官に苛立ちを覚えた。

「本当何なんですか!訓練兵に対して敬語でいつまでも話すし、名前で呼ばすし。ああやって訓練兵達になめられたらどうするんですか。」

思わず、腹が立って言ってしまった。しかし彼女は教官という立場にあるにも関わらず、申し訳なさそうに一訓練兵である自分に謝る。そんな彼女にやっぱり腹が立った。

そのあと彼女は口を開いた。



「ご、ごめんなさい、エルヴィンさん。でも、なんでそうやって訓練兵に接するかって言うと…あたしは、信じて欲しいんです。今は集団での訓練だから、規律は守らなければならない。命に関わる事だし。だから教官は皆厳しいんです。だけど、あたしは調査兵団の兵士です。壁の外に出たら、信じるべきなのはまず自分自身と、何だと思います?」
「は…?」
「自分の周りに居る人ですよ。上官でも部下でも何でも。壁の外は思っているよりもずっと…ずっと過酷です。だからまず信じて欲しい。あたしにとってはそれが力にもなります。あたしが取ってる方法は幼稚だけど、あたしを信じてくれるなら。」


その時何となく、自分がまだ訓練兵という枠の中に留まって広い世界を眺める事ができていないという事に気が付いた。厳しい訓練を終えた後、自分は壁外に出るのだ。そこがどんな過酷な場所なのか想像をしてもしきれない。巨人と実際戦った事もない自分が何をえらそうにできる。彼女は、きっと地獄を見たのだ、彼女の瞳を見てそう感じた。自分の想像以上を彼女は経験して知っているし、教えてくれようとしているのか。


「…じゃあ、調査兵団に入りたい者にはなおさらですか。」
「何がですか?」
「名前で呼んで欲しいっていう…」
「ああ、もちろん。まあどっちにしろ調査兵団に入ってあたしの事、教官って呼んだらおかしいでしょう?あたしが調査兵団に戻れたらの話ですけど。」
「戻れないのですか?」
「さ、さあ?上の指示を仰ぐだけです…」


何故か彼女ははぐらかした。彼女という人間はよくわからない事ばかりだ。


「…俺は調査兵団に入りたいと思っています。だから、よろしくお願いします、ナマエさん」
「はい!頑張りましょうね。って、え、おおおお俺?俺!?エルヴィンさん自分の事俺って言うの…!?」
「自分の事をそう言ってはいけませんか?」
「いっ、いや、意外だったから…って名前も!!」
「はは、おもしろい人ですね、ナマエさんは」
「わ、わ!なんか呼び捨てじゃないなんて変な感じ…教官もそれ以上に変だったけど…」
「呼び捨て?教官が変って何故ですか?」
「あ…いや、独り言です!それよりも嬉しいです!!やったー!」



いちいちこだわって、自分の価値観の中にいては駄目なのだ。もっともっとこれから未知の世界がある。訓練だけが全てじゃないのだ、と彼女に気づかせてもらった気がした。彼女を信じよう。


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