27:携帯電話



 いつも通り朝練を開始する時間が迫っていた。大抵の場合は俺か蓮二や柳生あたりが早く到着するものだが、部室のドアを開けたときにいたのは蓮二だけだった。俺がドアを開ける前から人が来るのがわかっていたようで、ちょうどその細目と視線が合う。そして次に蓮二は、眉を下げて困ったような顔をした。
「おはよう」
「ああ、おはよう………弦一郎、昨日も夜に稽古か何かしていたのか?」
「む?ああ、授業の予習・復習が早く終わったから、道場を借りて少し稽古をさせてもらったな。それがどうした?」
 自分のロッカーに荷物を置きながら蓮二のほうを見れば、相変わらず困ったような顔をした蓮二が、これまた苦笑いのように少し吐息をこぼすような笑い方をした。
「いや…昨晩、ちょうど夕食が終わるであろう頃合を見計らってメールをしたのだが、長らく返事が返ってこなかったものでな。もしかして放置しているのではと思って電話を2度ほどかけてみたが、やはり応答がなかった」
 着々とユニフォームに着替えながら話す蓮二の言葉を聞いて思い出す。そういえば昨日も、帰宅したときに一度確認しただけで後は一切携帯電話に触れもしなかった。未だに慣れていないこともあり、存在を忘れていることもしばしばある。この部活の連中はおろか、甥っ子の佐助ですら使いこなしているのだから、俺もある程度は使えるようにならないといけないことは重々承知しているのだが…。
「す、すまない。昨日はまったく触りもしなかったのでな…」
「ああ、別に大した用事でもなかったから構わない。しかし弦一郎、何度も言っているが携帯電話が携帯電話であることのメリットを理解しなければならない。なぜ携帯できるようにしなければならないのか、わかるだろう?」
「それは、固定電話では自宅にいるときにしか応対できないからだ」
「そうだ。逆に言ってしまえば、携帯することが出来るものである限り、イチ早く連絡がきたことに気づく必要がある。なるべくタイムリーに応答ができなければ、固定電話と同じだ」
 相変わらず困ったような表情で口元を笑わせている蓮二が、ジャージのジッパーを一番上まで閉め終えた。す、すまない。そう謝りつつ、俺も着替えを進める。確かに蓮二の言う通りだ、携帯電話は携帯できるようになっているのだから、出来るだけ早くに連絡に気づけるようにならなければならない。俺とて、いつも鞄の中には入れてあるものの実際あまり触らない。たまに頑張ってメールなど送ってみるが、蓮二には『返信が遅いうえに誤字が目立つ。まるでお年寄りとメールをしているようだ』とまで言われる始末。『俺が高速でメールを打つほうが想像出来んだろう』と言い返すのがやっとだった。その発言がよほど面白かったのか、ずっと蓮二は笑っていたが。
「これからは定期的に確認するように心がけておくとしよう」
「ああ。そうしてくれ」
 着替え終えてから早速、鞄に手を入れて携帯を引っ張り出してみる。するとメールを1件受信しており、開いてみればそれは甥っ子の佐助からだった。なになに、『朝練がんばってね、おじさん(^ω^)』だと…?
「れれれれんじ、」
「なんだ。俺はどこぞの掃除しているオジサンではないぞ」
「な、なんの話だ。とにかくこれを見ろ」
「ふむ。朝練がんばってね、おじさん…甥の佐助くんか」
「ああ、見てくれ。この、おじさん、の後のカッコ内は、どういう意味だ?」
「…意味?」
「まったくもってわからん、なんだこれは。暗号か?」
「……弦一郎、これは…」
「これは?なんなのだ?」
「顔文字というやつだ」
「かおもじ?」
「こういった記号を使って、顔のように見せているんだ。見ろ、この両端のカッコが輪郭を表し、そのカッコ内の左右の山のような記号が目、そしてギリシャ文字でオメガというこの"ん"のような記号が口だ」
「…む」
「顔に見えるだろう」
「………見えないことも、ないが…」
「まぁ弦一郎では、見慣れるまでに時間がかかりそうだな」
「ああ…。しかしこれは、笑っている…んだよな?」
「ああ、笑っているな」
「しかしどこか、違和感を感じる笑い方だな」
「そうだな、それは明らかに挑発的に笑っている顔だな」
「挑発…だと?」
「ははは、朝から佐助くんに挑発されているということだ。オジサン、の後にその挑発的な顔文字。まさしく弦一郎の血圧を朝から上昇させてやろうという魂胆だ」
 言われ、さきほどからじっくり見ているメールをもう一度よく見る。

 朝練がんばってね、おじさん(^ω^)

 …なるほど、確かに無性に腹が立ってくる微笑みだ。腹の底からじわりと湧き上がる憤りとともにせりあがってくる笑い。その感情の入り混じった俺の顔は、果たしてどのような顔文字で表されるのだろうか。朝練を終えたら、蓮二に手伝ってもらって佐助に反撃メールでも送ってやるとしよう。


























***

佐助くんって携帯持ってんのかな。なんかお子様ケータイじゃなくて普通のケータイ使ってそうなイメージが(笑)いや、まだ6歳のはずなんだけど(笑)



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