お前の目は開いているのかどうかわからない時があるな。そう弦一郎に言われたことがある。その時の弦一郎の表情といえば、皇帝とは程遠く困ったものだった。他にも赤也や仁王、幸村を始め、いろんな人物からこの目のことを話の種にされた経験がある。確かに他人より幾分か目は細い。しかしそれを逆手にとって意識的に見開くこともある。それを実行すると赤也に効果があるからだ。
 ぎゅっとグリップを握り締める。ラケットの面をこちらに向け、ぼんやりとそれを眺めた。すると聞こえていた音が急に遠くなるような感覚に陥る。地面に反射した日差しの熱さはそのままに、視界の端にうっすらとぼやけて映るコートも、靴底と地面が擦れる音も、ボールが跳ねる音も、すべてが唐突に遠くなる。俺の周囲に半透明な幕が幾重にもかかるように、外界から意識が離されていく。ただただ、地面からの照り返しと、黒い髪が吸収した熱だけが焦げるように熱い。
 呼吸が浅くなる。しかし感覚はさほど早くなく、軽い深呼吸を繰り返す。ああ、これはもしかして。考える頭すら鈍る。もしかして、などと不明確な言葉を使っている時点で熱中症でぼんやりとしていることが明白だった。しかしそれを心で理解しても、脳が正しく理解しない。熱中症には気をつけろと散々互いに言い合っておきながら、まさか俺がかかるとは情けない話だ。水分・塩分は充分に摂っていたはずだ。適度に休憩もしていた。だが実際、俺は今この状況だ。一体どこに落ち度があったのだろうか。考えようとすればするほど働かない頭。相変わらず外界から切り離されたように周りの音も聞こえず、視界には手に握ったラケットだけ。半透明の幕が多重になり、それはもはや白い霧のように俺を包んでいる。朝もやとは違う、森林の奥のような湿気を含んだ霧だ。上下からくる熱さがそれと相まって、すさまじいほどの不快感を覚える。

 働かない頭で、考えていた。いつか俺は、テニスをしなくなるのだろうかと。
 その答えはもちろん『はい』であり、人生という長い目で見ればいつか体力の限界もくるだろう。辞めざるを得なくなることは充分に考えられる。
 だがそのような理由ではなく辞めてしまう日が来るかどうかということだ。
 その答えも少なからず『いいえ』ではない。
 いつか、ラケットを手放す日がくる。それがどういう状況かは予測ができない。しかし、いつか必ず手放す日がくる。なぜかその確信がある。
 だがそれを考えてはいけないような気がしている。
 今は、とにかくこのチームで全国大会で王者の座を奪還せねばなるまいと。
 ただそれだけを考え、精進しなければならない。
 これから先のことなど、考えてはならないのだ。

 うっすらと開いていた目を閉じる。そのため、唯一働いていた視覚までもが外界と切り離されることになる。赤黒い視界になった途端、耳の奥がキンと張り詰めたような感覚になる。その張り詰めた筋はどんどん幅を広くし、白い霧の中、俺の頭の中で成長していく。脳を首の後ろから下へ引っ張られるような違和感。もはや地面の照り返しは寒気すら感じさせる冷気のように錯覚し始めていた。
 すべての機能が鈍く沈んでいく中、もう一度ぎゅっとグリップを握り締める。ああ、まだラケットの感触があるな。そう心の中で呟いて、意識を手放した。































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aikoさんのアンドロメダを聞いていると切なくなってきて。
色々と見えていたものが、もう今は見えないかもしれない。っていう。



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