*幸村精市の場合



 日曜だというのに、美術館はあまり人がいなかった。ルノワールの作品がどれほど良いものなのかみんな知らないんだな、と少し寂しく思う反面、おかげでゆっくりと見て回れるな、とも思った。来場者の年代は、少し高めの人たちが多いようだ。年配の夫婦が目立つ。たまに若い人を見つけても、やはり俺ほど若くはない。まぁ俺も年齢の割に身長が高い分、あまり年相応に見られないことも多いので、なんとか場違いにならずにいられているといいんだけどなと思った。
 ゆっくりと見て回っていると、ひとつ、すごく目を惹く絵画があって、思わずじっと見入っている時だった。手持ち無沙汰の両手を後ろに組んでいたら、ちょうどそのへんに何かが当たった。なんだろう、と、絵画を見ていた視線をそちらに向けると、小学校にあがるかあがらないかくらいの男の子がいた。純粋無垢な瞳が、俺の目を見上げている。一瞬だけ目を離して周りを見たが、親らしき人物が誰だかまったくわからない。みんな絵画を見ていて、この男の子を気にしている人が誰ひとりいなかった。
「キミ、ひとりなのかい?」
 近くに人がいなかったので、絵画の目の前だったがしゃがみこんだ。男の子の髪は黒く、前髪が少し目にかかっていた。まるで帽子を脱いでるときの真田みたいだ。ただ真田とは違って、その瞳がとても丸くて大きい。これはいわゆる"将来芸能人になりそうな顔"だ。
「んーん、レンちゃんと来たよ」
 俺の目をじっと見つめて返事をする。こういう場所には何度か来たことがあるのか、はたまた空気の読める子なのか、その声は小さめに抑えてあった。
「レンちゃんは、どこにいるのかい?」
「レンちゃんはね、まだ向こうのほう見てるよ」
「そうか」
 一緒に来たというレンちゃんはまだ向こう側、ちょうど仕切られて見えないところにいるらしい。確かに向こう側に飾ってあった絵画も、どれも素晴らしいものばかりだったから。しかし名前だけ聞けば、けっこう若そうだ。しかもちゃん付けされているということは、親ではなく兄弟かもしれない。
「ねぇ、キミはこういうところにはよく来るのかな」
「たまに来るよ。レンちゃん絵が好きだから」
「そうなんだ。レンちゃんと来ることが多いんだね?」
「うん、レンちゃんね、いつもトシちゃんから"そんなとこ行かない"って言われるんだよ。だから僕が行ってあげるって言うと喜ぶんだー」
 言って、男の子がにーっと歯を見せて笑った。その上の前歯、左側が抜けていて、ちょっと間抜けな笑顔だった。思わず俺もふふっと笑みがこぼれる。
「そのトシちゃんは、絵があまり好きじゃないのかな?」
「うん、あんまり興味がないみたい」
「ふーん……キミは、絵は好きかい?」
「うん、好きー。ルノワールもいいけどね、僕はミサイルブルーベリーが好きだよ」
「…ミハイル・ヴルーベリのことかな?」
「……あ、また間違えちゃった」
 うふふ、と照れたように首をすくめて笑う姿がかわいらしい。この純粋無垢の心が、一体いつまで保てるのだろうかと思うと少し悲しくもなったが、中学2年生にもなって未だにサンタクロースを信じている赤也のようになるのも逆にかわいそうだなと想いを馳せてみた。
「あ、あれ。あれがレンちゃん」
 不意に、仕切りの向こうから歩いてきた人を見て男の子が指を差した。見てみれば、予想とは違って、30代後半くらいの男性だった。こちらには気づいておらず、絵画をまじまじと見つめている。
「レンちゃんは、お父さんなのかな?」
「んーん、違うよ。親戚のおじさん」
「じゃあ、トシちゃんは?」
「レンちゃんのお嫁さんだよ」
 また男の子がすきっ歯の笑顔を見せた。思わず手が伸びて、頭を撫でると、恥ずかしそうに首を傾げた。なんとも柔らかい髪の毛が気持ちよかった。
「ほら、そろそろレンちゃんが心配する頃なんじゃないのかい」
 すい、と立ち上がって肩に手を置くと、男の子がこちらを見上げた。
「うん、じゃあ、またね」
 歩き出した男の子が、すぐにまた振り返って手を振った。俺も右手をあげて小さく振ると、にーっと笑ってぱたぱたとレンちゃんのところへと走って行った。レンちゃんが男の子に気づき、男の子が今度は俺を指差してなにか話しているようだったが、途中でレンちゃんが俺を見た。目が合ったので軽く会釈をすると、にこっと笑って軽く頭を下げられた。親戚だと言っていたが、笑顔がなんだか男の子に似ていて微笑ましかった。























***

ミハイルをミサイルと言い間違えさせたかった。←


back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -