*柳蓮二の場合



 前方から男の子が走ってきていた。6歳くらいだと予測される。手元に持っている缶を見ながら走っているが、このままでは俺と衝突するのは間違いない。しかし俺の2メートルほど手前の床のタイルが少しだけめくれている。あの男の子の歩幅ではそこに右足を引っ掛けて転ぶ確立100%だ。そうなれば彼は缶を持っている手をとっさに出すことができずに顔面を強打することになる。ならばこのまま俺が歩いていれば、転ぼうとした矢先に俺とぶつかることになる。顔面強打よりは幾分ましなはずだ。
「んがっ!」
 少年が体勢を崩し、俺の脚に抱きつくようにした。ふむ、寸分の狂いもない。まさに今、少年はタイルに右足を引っ掛けて転びそうになったところで俺に衝突した。少年の体重がかかって重い衝撃がきたが、予測していたのでさほど驚くこともなかった。
「大丈夫か?」
 声をかけると、あせあせと体勢を整えて俺から離れると「ごめんなさい」と謝った。見るに、柔らかそうな天然パーマの髪に、大きな瞳がこちらを見上げていた。前髪はやや短く、記憶の中の人物に思い当たる者がいた。
「どこか痛むところはないか」
 少年の目線に合わせるために屈む。すると少年の瞳も俺に合わせて動いて、じーっと見つめてくる。
「ううん、大丈夫」
「そうか、それはよかった」
 俺がふっと笑うと、少年の目がパチパチと瞬きをした。
「お兄さんは、目が見えないの?」
「いや、そのようなことはない。見えているぞ」
「だって目が開いてないよ」
「生まれつき目が細いんだ」
「ふーん?」
 ちょこっと首を傾げる姿が子犬のようでかわいらしい。
「ところで、両親はどこにいる」
「えっとね、向こうかな?」
「探しているのか?」
「うん!」
 無駄に元気よく返事をした彼は、どうやら商品…これは缶ジュースか、これを取りに行った間に両親を見失ってしまったらしかった。話しかけておいてそのまま放置して去るのもどうかと思い、とりあえず両親を一緒に探すことにした。
「両親の特徴は?」
「んとね、お母さんが、髪が短くて、黄色いグレンシーのワンピースで、お父さんが、髪が短くて、お兄さんくらい大きいよ」
 さきほど会ったばかりだというのに、少年は俺に警戒心も一切なくなついてくれた。これでは変質者に遭遇したときに被害に遭いかねないなと不安になったが、とにかくまずは両親を探すのが先決だと思い、歩幅の小さな少年に合わせてゆっくりと歩く。
 少年が両手で缶を持っていたので、手をつなぐわけにもいかず肩に手を添えるようにしていると、少年の髪が手にふわふわと当たってくすぐったかった。
「ところで、」
「うん?なーに?」
「お前の髪は、柔らかくて気持ちがいいな」
「え?本当?」
「ああ。深い黒色で、艶もある。細くて柔らかい髪質は手入れが大変だが、とても綺麗な髪だな」
 思わずふわふわと撫でると、少年が急にキラキラとした目でこちらを見上げてきた。
「初めて言われたー」
「そうなのか?」
「うん、だってね、変な髪型ーっていつも言われるんだよ、僕は何もしてないのに」
 どうやらこの髪のことでからかわれているらしかった。その様子を思い出したのか、しょんぼりと肩を落としてしまう。
「ねぇ、僕の髪型ってそんなにおかしい?」
「そんなことはないぞ。それに俺の知り合いにも似たような髪型の人間がいる」
「そうなの?」
「ああ。まぁ俺の知り合いの場合は、もう少し癖っけが強いが…。でも俺は嫌いじゃないぞ」
 言いながら微笑んでやると、少年の顔が一気に明るいものになる。照れたようにふふ、と笑う。その笑顔がかわいらしくてもう一度頭を撫でる。すると少年が突然「あっ」と声をあげた。
「どうした?」
「お父さんだ」
 少年が指を差した先を見ると、確かに俺くらいの身長の男性と、その横に黄色のワンピースを着た女性がいた。どちらも後姿でこちらには気がついていない様子だ。
「では、両親も見つかったし俺はそろそろ失礼させてもらう」
 撫でていた頭から手を離して少年を見下ろすと、相変わらずの笑顔で「うん、ありがとう」と返事をして、じゃーね、と言いながら踵を返して再び走り出した。その足音で両親が振り向くのを確認してから、俺も来た道を戻り始めた。























***

子供に優しい柳先輩とかハァハァ!←



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -