*仁王雅治の場合



 近々、完成するらしい高層ビルを下から見上げていた。上に乗っかってるあの赤いクレーン、実は組み立て式らしくて、今はあの大きさで働いているが、あれを崩すと一回り小さなクレーンになり、それを崩すと更に小さなクレーンになり、そしてまたそれを崩すと更に小さなクレーンに…といった具合になっているらしい。曇天の薄暗い日曜日、ぼんやりと立っていると右後ろに何かがぶつかった。ん、と思って見てみると、女の子がちょうどこちらを振り向いた瞬間だった。どうやらよそ見をしていたらしい。
「ごめんなさい」
 年齢は5歳くらいだろう。まだ発達中の高い声で、ぽつりと謝られる。おう、と返事をして周りを見渡してみるものの、親らしき人物は見当たらなかった。
「…お前さん、」
 俺にぶつかったきり、なぜかそこから動かない少女に声をかける。
「親はどうしたんじゃ」
「そこ」
 尋ねれば、小さな手がそこにあった薬局を指差した。その上部が住宅になっているらしい。そこに親がいるようだ。
「ほーん…。で、お嬢さんはこんなところで何しとったんじゃ」
 腰をかがめて膝に手をつく。女の子の髪の毛は少し長く、ふわりと風に揺られている。
「もうすぐお母さんがお仕事終わるから、待ってる」
「ほーか。はよ終わるとええのう」
 左手で頭を撫でると、女の子はちょっと嬉しそうに、照れたように笑った。それを見てから、体勢を戻してその場を去ろうかとすると、「お兄ちゃん」と呼ばれた。
「ん?なんじゃ」
「お兄ちゃんは、お年寄りなの?」
「……おん?」
「だって髪が白いし、喋り方がおじいちゃんみたい」
 突拍子もない質問に思わず笑いそうになったが、女の子の目はあくまでも真面目で、増してや首を傾げている姿が妙に愛らしくて釘付けになった。
「はは、残念じゃけどお兄ちゃんはまだ中学生じゃ。お前さんとは10歳くらいしか違わん」
 今度はしゃがみこんで顔を覗き込む。すると女の子が肩をすくめて笑う。無邪気な笑みがとてつもなく可愛さを放っていて、あー女の子って可愛いもんじゃな、と感心した。だって俺の知ってる"女の子"っていうのは、何かそういう期待を持っているような子ばかりだ。ちょっと引っ掛ければ簡単についてくるような、そんな子ばかり。見た目はどの子も可愛いが、下心がちらちらしている子だらけだ。まぁ、俺も下心をちらちらさせながら生きとるのは同じじゃけど。
 ウィーン、と静かな音がした。自動ドアが開く音だった。女の子が過敏にその音に反応して振り返る。するとそこから髪の長い女性が出てきた。
「お母さんきた」
 もう一度こちらを振り返って報告する女の子の頭を「よかったのう」と撫でてから、じゃあな、と言ってさっさと歩き出す。女の子のお母さんがぽかーんとした顔でこちらを見ていたので、足早に去ったほうがいいだろうと踏んだからだ。後ろで女の子がお母さんに何か話しているようで、ほんの少し笑い声が聞こえたので途中でちらりと振り返ると、にこやかに笑いながら手を繋いで歩き出す後姿が見てとれた。
 将来子供ができたら、あんな可愛い子になってほしいのう、と柄にもなく思った。























***

実はクレーンの秘密が書きたかっただけ(笑)



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -