*柳生比呂士の場合



 とん、と腰から脚にかけて軽い衝撃がした。それは後ろからのもので、ミステリー小説のある本棚を上から見ていた柳生は不意を突かれてしまった。何が当たったのだろうかと視線を向けると、6歳前後と思われる女の子がきれいな瞳で柳生を見上げていた。
「おや、失礼。大丈夫ですか?」
 無駄のない動作で1歩移動し、腰をかがめて尋ねると「大丈夫」と、意外としっかりとした口調でひとこと返事が返ってきた。
「そうですか、それは良かった。では」
 少女が自分で大丈夫だと言ったこともあり、柳生は再び小説棚に目を向ける。しかし少女がそこから動く気配がなく、むしろ柳生の前の棚にある本に視線を向け始めた。
「……」
 それから3分ほど沈黙が続いたが、不意に横から、少女が柳生の腕をつついた。
「なんでしょう?」
 好きな作家の小説の隣に陳列されている文庫本が気になり、手を伸ばそうかとしたところだったが柳生が少女のほうを向く。
「…おもしろい?」
 その目はじっと柳生を見上げていて、何について尋ねているのかわかりかねた柳生が少し困った顔をする。
「小説のことでしょうか」
「うん」
「作品にもよりますが、おもしろいですよ」
「でも、字だけでしょう」
「そうですね。しかし文字だけのほうが、自分の好きなように想像できて楽しいものですよ」
 柳生が言うと、少女は柳生から視線を外して再び小説の背表紙を眺め始めた。
「どれがおもしろいの?」
「そうですねぇ…私の好みで言うと、この作品は面白かったですね」
 果たしてこの少女にミステリー小説など解説しても理解してもらえるかわからなかったが、尋ねられたものは答えるほかないと思い、つい最近読んだものを見つけたのでそれを取って差し出した。
「じゃあ、それ読む」
「え?」
「おもしろくなかったら、お兄さんのせい」
「ええっ」
 少女がその本を手に取って、スタスタと柳生のもとを去って行った。思わず呆気に取られた柳生だったが、すぐに少女を追って行くと、少女が父親らしき人物に『これ買う』と小説を渡しているところを目撃した。その時の父親の表情がまたなんとも言えず、本当にこれを読むのかと言っているようだったが少女は『読む』の一点張りのようだった。あせあせとしている父親をよそに、じゃあ外で待ってる、と言って店の外に出て行く少女が可笑しくて柳生は思わず笑みをこぼした。
 家に帰ったらもう一度あの小説を読んでみようと思い、結局その日は特に何も買わずに帰宅したのだった。






















***

強気な少女のほうが似合う気がする。


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -