*手塚国光の場合




 学校からの帰り道にあるテニス用品専門店に来ていた。ここ最近あまり来ていなかったものだが、不意に立ち寄ってみることにしたのだ。特に不足のものがあったわけでもなく、とりわけ見物のような状態だったが店員の人とは顔なじみのため怪しまれたりすることもない。
「……、」
 自分の背丈で見える範囲の商品を眺めていたのだが、不意に視線をあげると壁に見たことの無いラケットが飾ってあった。あれはMIZUNO製の新作か…。思わず、そのラケットに視線を向けたまま、近くで見ようと歩き出していた。すると、トン、と何かにぶつかった。
「っ…!」
「…、すまない」
 その衝撃によって声にならないうめき声を小さくあげた人物を見遣る。するとそこにいたのは思いがけず少女だった。年齢は7歳くらいだろうか。綺麗な黒髪を二つに結んで、自分のものだろう、ラケットバッグを胸に抱えるようにして持っている。その姿を見て、越前とよく話している三つ編みの女子を思い出した。
「…すみません」
 すぐに俺と距離を開けて、小さくペコリと頭を下げた。それを見て「構わない」と返事をすると、その子が不意に俺を見上げた。身長差のせいで首がつらそうだが、なんだろうと思ってこちらも視線を合わせてしまう。そのまま3秒ほど見つめあったのちに、その子がふと視線をはずして、俺が見ていたラケットを指差した。
「お兄さんはアレがほしいんですか?」
「ん?ああ、欲しくないと言えば嘘だが、そう焦って欲しいと思っているわけではない」
 一度そのラケットを見てから、もう一度その子のほうを見て返事を返す。するとその子は一度考え込むような仕草をしつながら唸って、それからまた俺を見た。
「お兄さんの名前を教えて?」
「手塚国光だ」
「てづかくにみつ…?あれ?雑誌に出てたことありますか?」
「…雑誌?」
 女の子が小首を傾げて聞いてきた事柄について一度考えてみて、すぐに答えがみつかった。
「……ああ、月刊プロテニスのことだろう。編集部の方がよく来られるからな」
「やっぱり!お父さんが、この人はすごい人なんだよって言ってたから覚えてる!」
 それまで無表情に近かったその子が、突然声をあげて俺を指差した。人はまばらだが、もちろん俺たち以外にも客はいるので少しばかり視線を集めてしまった。
「そ、そうか。それは光栄なことだな」
「うん、帰ったらお父さんに自慢する!てづかくにみつさんに会ったよって!」
 にっこり笑って嬉しそうにラケットバッグを抱え直す女の子に、俺も微笑ましい気持ちになってしまう。つい手が伸びて頭に一度置くと、一瞬その様子をじっと見た女の子だったが状況を把握すると再びにっこりと笑ってくれた。
「お前も、テニスをしているのだろう?」
「うん。まだまだへたっぴだけど、頑張ってます」
「そうか。努力は人を裏切らない。練習を積み重ねていけば、おのずと道は拓けてくる」
「お父さんも、おんなじようなこと言ってました」
「お前のお父さんも、テニスをやっているのか?」
「うん。怪我しちゃってから、できなくなったけど。でもいろんな技とか、一生懸命説明してくれるんです」
「そうか…」
 小さな女の子の口から紡がれる言葉が、実はとても重みがあることを、この子は分かっているのだろうか。不意に質問してしまったことに少しだけ反省する気持ちを持つとともに、身が引き締まる思いで女の子を見下げた。
「…お父さんの分も、テニスに励まなければならないな」
「うん!頑張ります!」
 にこにこと笑う女の子の黒髪が揺れるのを見ながら、以前会った千歳の妹のことを思い出した。まるでこの子とは性格の違った少女だったが、この子も強くなってくれるといい。そう思うと、再び俺の手は女の子の頭へと伸びていた。






















***

手塚って小さい女の子とか苦手そう。



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