銀さんは、先生にお母さんって言うたことあるか?
 放課後の部活の時間。さきほど打ち合いを終えたワシは交代でコートに入った謙也はんとユウジはんの打ち合いを眺めとった。すると隣で同じようにコートを眺めとった白石はんが唐突にそんな質問をするものやから、思わずコートから視線を外してそちらを見た。
「言い間違えたことはあらへんな」
「そか…せやな。銀さんに限ってそないなことあれへんよな」
「なんや白石はん、間違うたんか」
「え?ああ、ちゃうねん。俺やないねん。謙也がな、今日の家庭科の時間に先生を呼び止めようとして思いっきり"オカーン!"って言うたんや。おもろいやろ」
 不意に想像しようとして、あまりにも簡単に想像できたものだから可笑しかった。謙也はんはスピードに自信があるせいか、いつもどこかセカセカしている印象がある。やからきっと咄嗟に呼称を間違えやすいんやと思われる。
「確かにそれは、おもろい話やな」
「せやろ」
「しかし、そういう白石はんは言い間違えたことあらへんのか?」
「え、俺?俺もあるで」
「ほう。完璧な白石はんでも間違いがあるんやな」
「もちろん。俺かて人間やし、完璧を目指すにはその分失敗もせなアカンからな」
 目線はコート上のまま、うんうんと頷く白石はん。腕を組んで立っている姿でさえ、遠巻きに見ているギャラリーからは黄色い声があがっとる。相変わらずの人気者やな。
「ほんでそれは、いつ間違えはったんや?」
 ワシもコートのほうを見ていたが、再び不意に白石はんを見て問う。すると白石はんも一度こちらを見て、それから少しだけ自嘲気味に口元を笑わせた。
「はは、最後に間違えたんは中1の時や。体育の佐々木先生っておったやろ」
「あの細い男か」
「おん。あいつがな、俺のこと蔵ノ介ーって呼ぶから俺も"なんやオトーン"って言うてもうたんや。クラスの連中みんな爆笑やで。恥ずかしいったらあらへんかったわ」
 やってあいつの呼び方、まるっきりオトンと似てんねんもん…しゃあないわな。そう言うて、組んでいた腕をいったん解いてから左手を握ったり開いたりの仕草をした。包帯を手になじませるこの仕草も、もう生まれたときからやっているかのように自然や。今では包帯のない白石はんは想像できん。
「しかし学校の先生を親と呼び間違えるというのは、親ほどに先生を信頼しているか、もしくは親を呼ぶ癖がついておるのか…」
「うーん…どっちなんやろなぁ。癖ついてもうてんかなぁ」
「やっぱり白石はんは、父親と話すことが多いんか?」
「そうやなぁ。でもいつも帰るん遅いからな。普段は女ばっかで肩身狭いねんで」
「白石はんの姉はんも妹はんも気は強いと見受けられる」
「そうやねん。気ぃ強いねんあいつら。たまにオカンも一緒になって3対1になんねんで。その結果俺が全員分の食器を一人で洗って、洗濯物もたたんで…」
「…哀れやな」
「言わんといてや」
 白石はんが両手で顔を隠すようにしてうなだれる。うむ、ワシにはどう慰めようもあらへん。とりあえず肩をポンポンと叩いてやると、遠くから小春はんの声で「銀さーん、アタシも慰めてー!」なんて聞こえたが、視線を向けると同時にユウジはんが「浮気か!」と怒鳴っているのが見て取れた。
「しかし呼び間違いと言えば、金太郎はんもよう間違えはるな」
「ん?ああ…金ちゃんはよう間違えるなぁ。この間も寝ぼけて俺のことオカンって言うたしな」
 両手を顔から離した白石はんが、今度は少し離れた場所へと目を向ける。ワシもそちらを見ると、千歳はんに肩車してもろうて小春はんとユウジはんのやりとりに笑うてる金太郎はんがおった。
「ワシも以前にオトンと言われそうになったことがあるな」
「ははは、銀さんは確かにオトンみたいやしな」
「…それは、褒めとるんやろか?」
「ああ、褒めとるで。オトンみたいに頼り甲斐のある男やっちゅー意味や」
「む、それはありがたい」
 白石はんの言葉に両手を合わせてみせると、白石はんは目を細めて笑うた。
「まぁでも一番衝撃的やったのは、財前のぜんざいって言おうとしてぜんざいの財前って言うたことかなぁ」
「ああ、あの時か。財前はんのキレ具合がなかなか良いものやった」
「せやな。普段はキレても御託を並べるような男やないからなぁ。あん時はええ感じにブチギレたもんな」
 再び腕を組んだ白石はんが目を閉じて首を頷かせる。その様子を見てワシもあの時の光景を少しばかり思い出してみた。部活後のおやつとしてぜんざいが出された時のこと、もともとぜんざいが好物の財前はんは他者よりも少し多めに器に入っていた。これはぜんざいを分ける際に白石はんが気を遣ってのことやったものの、そのことに目ざとく気がついたのが金太郎はん。そして言った言葉が『なんや、なんでぜんざいの財前はワイよりも多…ん?ぜんざ…、ざいぜんが、ぜんざ…、あ、ちゃうわ、ぜん…財前のぜんざいが多いんや!ていうかややこしい名前やなー』やった。それを聞いた財前はんの顔色が一気に暗くなり、手にしていたぜんざいを一旦机の上に置くと金太郎はんの胸ぐらを掴んだんや。
「もう一回言うてみんかコルァ!!やて、そこらのヤーさんもビビって道開けるっちゅーねん」
「財前はんもあのようなキレ方をするんやなぁと誰もが思うたやろうな」
「むしろ謙也なんて横におるだけでビビっとったで。ほんっまにヘタレやな」
 左手を口元にやって、ククク、と笑う白石はんの髪がゆるい風に揺れる。次の瞬間「なんか言うたか白石ー?」と、名前が出てきたところだけ聞こえていたらしく謙也はんが打ち合いをそのままに声をかけてきた。しかし言い返してくる様子がないところを見ると、ヘタレやのなんやのと言われていたところは全く聞こえていなかったようで、白石はんが「なんでもないでー」と返事をすると「まさか陰口かっ?陰口なんか白石!らしくないで!堂々と言えや!怒らんさかい!」と次々に言葉を投げてくる。一緒に打ち合ってるユウジはんが「やかましい!」と言うものの「せやけど白石が…!」と気に隙だらけでポイントを取られている。
「ホンマになんでもあれへんって」
「嘘や!陰口なんて男らしくないで白石!」
「しつこい男は嫌われるでー、謙也ー」
「嫌わっ……」
「なんや、ビビったんか?ホンマにヘタレやなー」
「なんやて!?」
 謙也はんが声を荒げた瞬間、ユウジはんのスマッシュがその足元に決められる。あ、という顔をした謙也はんを見て白石はんが爆笑していると、遠くから金太郎はんがこちらに手を振るのが見えた。
「おーい、オト……ッ、ぎーんー、しらいしー!ちょっと来てやぁー!」
 金太郎はんのその呼びかけに、爆笑するのを一旦やめた白石はんとワシの目が合う。そして次の瞬間二人して笑い出しながら、相変わらず千歳はんに肩車してもろうてはる金太郎はんの方へと歩き出した。





































***

その事件後から金ちゃんは財前のことを光と呼ぶように言いつけられたのでした。っていう話だったらいいのにな(笑)
最初は白石家のくだりで「〜全員分の食器を洗うて、洗濯物もたたんで……誰が好きで女物のパンツをたたまなアカンねん」的なことを言うてました。ボツにしました。←



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