半べそをかいたような状態の赤也が、バターンとドアを激しく開けて飛び出して行った。あーあ、と思いながら真田を見遣ると、眉間にシワを寄せたまま、俺は正しい、しかし言いすぎたかも知れない、なんていう二つの感情が入り混じったような表情をしていた。別に真田も赤也も、怒り合って激しく言い合ったわけじゃない。ただ、赤也の提案に真田が断固として首を横に振り、必死に説得しようとした赤也をくだらんと真田が一喝しただけだ。だけどなぁ、赤也の提案、なかなか面白そうだと俺も思ったけどな。
「弦一郎、なぜそこまで頑なに反対するんだ」
「…あいつにはまだ早い。俺とシングルスで試合など」
「しかし弦一郎、お前も先日、赤也と試合をしたいと言っていたではないか」
「それは否定せん。確かに俺とて赤也と一戦交えてみたい。しかし今がその時ではないと言っているのだ」
 腕を組んだまま、柳から視線を外している真田。柳が味方ではないという状況に、自分が正しいんだと思っている気持ちに揺らぎが出ているらしいのは、なんとなくだが空気でわかる。
「でもよ、面白い提案だと思うぜぃ。普通のシングルスじゃなくて、球を2つ打ち合うなんてよ」
 赤也が真田に提案したのは、球を2つにして練習試合をすること。ひとつの球だけに気をとられることなくラリーが続けられれば、自然と動作範囲や視野が広がるんじゃないかという考えだった。赤也にしてはかなり良い線をいっていると柳が驚いた様子を見せたほどだ。いや、きっとどっかでそういう練習してんのを見ただけだとは思うけど。ほら、赤也の通ってるテニススクールって高校生とか大人とかもいるしさ。実際に見たわけじゃなくても、そういう人たちから話聞いて閃いたっていう可能性もあるし。
「む、それは確かにあながち悪い案とは思わん。むしろ試してみたいものではある」
「ならば何故」
「そうだよ、なんであんなに否定したんだよ」
 柳と俺が真田に食いつくと、真田は視線を柳と俺にそれぞれ向けてから、組んでいた腕を一旦ほどいて帽子を脱いだ。そしてその内側をじっと見つめた後にまた帽子をかぶり直す。
「…練習案については褒めてやりたいところだったが、それに乗じて俺と試合をしたがっていたではないか。先にも言ったが、俺はまだ赤也と試合をするつもりはない。たとえ草試合だろうとな」
「弦一郎…」
「…ああ」
 しんみりとした空気の中、なぜだか急に柳が真田を問い詰める姿勢をやめた。二人は言葉なくとも色々わかっているようだが、俺には全くわからねぇ。ちょっと待てよ、俺も混ぜろよ。なに二人でわかり合っちゃってんだよ。
「ちょ、ちょっと待てぃ。俺にはお前らの話が見えねぇんだけど」
 慌てて柳と真田を見遣ると、すっかり憤る態度をなくした、少しばかり疲れたような顔をした真田が俺に視線を向けた。そしてそんな真田とは打って変わっていつも通り涼しい顔をしたままの柳が俺の方へ身体を向ける。
「事は簡単だ。弦一郎も赤也も、互いに試合をしたい気持ちはある。赤也は弦一郎を含め、俺と精市の3人に勝つことを目標としている。そして弦一郎は、ここ最近で急激に成長してきた赤也と一戦交えてみたいという、あくまでも好奇心に似たものを持っている」
「あ?ああ…そうだな。でもお互いに試合してもいいと思ってんだろぃ?」
「試合をしたい気持ちはあるが、試合をしてもいいとは思っていないということだ」
「……ちょっと待て柳。俺、頭がついてかねーんだけど。試合したいけど、したくないってことか?」
「そういうことだ。赤也が急激に成長してきたとはいえ、まだ発展途上だ。そのような状態で弦一郎と試合をしても赤也が敗北することは目に見えてわかっている」
「まぁ、そうだろうけど…」
「発展途上、つまり"伸びしろ"があるうちは試合をしたくないというのが弦一郎の考えだろう?」
 不意に柳が真田を見遣る。それまで視線を窓の外に投げたまま柳の話を聞いていた真田が、こちらを振り返って「うむ、」と小さく頷いた。
「でも赤也のやつ、いっつも言ってるぜぃ。俺はいつでも臨戦態勢だって。そんだけお前らとの試合を楽しみにしてんだからよ、ちょっとくらい相手してやれよ」
 お互いに試合をしたがっているのに、真田の思惑によってそれがけん制されているということに納得がいかずに俺も真田を見遣ると、真田は静かに2秒ほど目を閉じた。ふ、と息の漏れるのが聞こえて柳を見てみれば、その口元が少し笑っていた。その笑みは、どうやら真田に向けてのものらしいが。
「……今、赤也と試合をすることに何の意味も感じない。アイツにはもっと成長してもらわねば困るのだ」
 言って、真田が静かに歩き出す。部室のドアを開けて、少し風の強い外へと出て行った。その様子を目で追っていた俺が柳に視線を戻すと、柳の笑みが少し困ったようなものに変わっていた。
「…つまり弦一郎は、次に赤也と試合をする時、赤也が自分に勝ってくれることを期待しているんだ。まるで息子が自分を超えるのを望んでいる父親のような心情だな。まったくアイツの思いやりは不器用すぎてイカンが」
 言って、またフッと笑う柳。そこでようやく真田の気持ちに共感することができた俺は柳にニッと笑顔を見せてから、赤也を捜すべく部室を飛び出した。すると出てすぐ、コートの端で赤也と真田が話し込んでいるのを見つけた。ここから見える限りでは、真田が赤也を静かに説得させているらしい。しかし俺はそれを無視して二人のもとへと走っていく。
「真田!赤也の提案の練習やろうぜ。そんで赤也、お前その練習、俺の相手しろぃ」
 まず真田を見てから、次に赤也へと視線を移す。もちろん真田は突然割って入ってきた俺に対して眉間にシワを寄せ、赤也はポカーンとした顔で俺を見つめた。しかし真田は俺に文句を言うこともせず、黙りこくった後に「…わかった」とひとこと呟いてから踵を返して歩き出した。
「なっ。やろうぜ俺と」
 ポカーンとしたアホ面が取れないままの赤也にもう一度声をかけると、赤也が「え?あ、はい」と返事をした。
 なーんだ、真田は赤也が強くなってからじゃないと試合しないつもりなんだな。最初から素直にそう言えばいいのにな。あ、いや、言ったら意味ねーってことか。まぁでも、そういう理由なら俺も赤也の育成に最大限に力を貸してやるよ。俺だって、お前らと一緒に抜けたあとで『3年がいなくなってからテニス部は弱くなった』なんて言われたら腹立つしよ。俺らは先輩として、やれることやってやんねーとな。ま、ひとまずこの俺が赤也を最強にしてやるよ。真田なんかKOできるくらいに。

「…で、結局お前は疲れて俺と交代するわけか」 
「だって赤也のやつ、赤目になってから隙がねーんだもんよー。油断してっとデッドボールだし」
 でも最後はジャッカルに任せる俺。ベンチで真田が苦い顔で俺を見ていたのだった。




























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わっけわかんね。日本語ってこんなに難しかったか?


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