部活開始前だったがなんとなく周辺を歩き回っていた。べべべ別に、大石がコケシと会話していたりとか、手塚が木の枝でケンスイしていたりとか、桃城が空腹に耐えかねてあらぬものを口にしていたりとか、そそ、そんな疑いたくなるようなデータがないかなーなんて期待を抱いているわけでは、ない。決して。
「おっ」
 すると前方、道の端で草むらを見下ろす海堂を見つけた。ポケットに両手を突っ込んだ姿勢でまったく微動だにせず、ただひたすらすぐ下の草むらをじっと見ている様子から、そこに何かがあることは容易に想像がつく。一体何があるというんだろうか。何かデータを収集できるかもしれないという高揚感を感じつつ、そそくさと歩いて行くと、海堂まであと8メートルと35センチというところでその顔がコチラを向く。ふむ、予測では7メートル半ほどで振り向くはずだったが。
「やぁ海堂。こんなところで草むらなんか見下ろして何してるんだ」
 とりあえず片手をあげながら挨拶をしつつ近付いてみる。すると俺の顔を見ていた海堂が右手を出して草むらのほうを指差した。
「…こいつ、」
「ほう。コオロギか。こいつを見つめていたようだが、特に何も特徴はないな」
 海堂が指差す先には、草の上にちょんと乗ったコオロギだった。ほとんど黒のような茶色の身体で、こいつもまた草にしがみついたまま跳ねる様子を見せない。
「…ランニングしてたら、道の真ん中にいたんスよ。誰かに踏まれるといけないんで、そこに移してやったんスけど…全然、動かないんスよ」
 膝に両手をついてコオロギを覗き込むようにしていたため、やや後方から海堂の声が聞こえる。それを聞いてから顔だけでもう少し寄ってみると、確かに動かない。生きていることは間違いないようだし、見たところどこか調子が悪そうにも見えない。こういった小さい虫は簡単に足などが取れてしまうため飛べなくなることもしょっちゅうだが、跳ねる際に重要となるであろう長い足もちゃんと揃っている。
「なるほど…ここに移すときに、こいつを一度手に乗せたんだろう。その時はどうだったんだ?」
「抵抗はしなかったッスね。あんまり素直に手に乗ったんで、俺も不思議に思ったんスけど」
「死んではいないようだしな」
「そうッスね」
 尚もじっと見続けてみたものの、やはり動く気配を見せないコオロギ。その小さな虫がしがみついている草の葉を見ていると、ふと思い出したことがあって中腰の姿勢を戻して立ち上がった。また海堂の視線よりも俺の視線が上になる。
「そういえば海堂、」
「なんスか」
「この間の新聞に載ってたな。ブランドもののバンダナを猫の雨避けに使ってやったと」
「…そうッスね」
 2日ほど前の新聞の地域欄の端に、海堂の名前が出ていたのを脳裏に思い出す。残念ながら写真はなかったが、どうやら猫の雨避けに使ってあったバンダナに海堂の名字が書いてあったらしく、すぐに持ち主がわかったようだ。この近辺に海堂さんと言えば1件しかいない。しかしそのことを話題にすると、俺の話を聞くためにこちらを見ていた視線を海堂のほうがそらした。もともと褒められることにも慣れていない性格なので、何かあるとすぐ視線をそらしてしまうのは今までのデータでも確証済みだ。万が一、照れ屋さんとでも言えばキレられることも必須だが。
「ブランドもののバンダナでも、猫などの動物のためならば躊躇なく雨避けに使うところは海堂らしいな」
「…いくらブランドもんっつったって、バンダナはバンダナッスから。ハンカチより大きいんでちょうど良かっただけッス」
 一度目を閉じて、いつものように右手でバンダナの額あたりを押さえる仕草をする。それから目を開くと、またしてもいつものように「フシュウゥゥ…」と息を吐いた。
「しかしまぁ、新聞ではかなりの絶賛具合だったじゃないか」
「そうッスか。俺は読んでないんで知らないッスけど」
「なんだ、読んでないのか。ズバリ見出しは"心優しき少年"、バンダナとその下の猫を見つけたおじいさんのコメントが載っていたぞ。海堂さん家の少年といえば、いつもバンダナを頭に巻いて走っている姿をたびたび見ていたが、さぞ大切にしているであろうそのバンダナを猫のために使ってやるなんて感激した、と」
 記事の内容を説明してやると、海堂がもう一度「フシュウゥゥ…」と息を吐いた。ふむ、これはまた照れているというわけか。平然を装おうとして、いつもの癖を何度もやるのは人間の心理として当たり前のものだ。まさにデータ通りすぎてグッジョブ海堂、と親指を立てそうになる。
「別にバンダナはたくさんあるし、1枚くらいなくなろうが構わないんで」
「しかしそれが"ブランドもの"となると、やはり価値から考えても猫の雨避けに使うとは通常では考えが及ばないものだ。ここは素直に照れておけ、海堂」
「なっ……べっ、別に俺は照れてるわけじゃ…!」
 にっと笑って海堂に言ってみると、海堂は目を開いて抗議しようと声を荒げた。が、その後ろのほうを手塚が歩いているのが見えたために部活のことを思い出す。
「おっと、そろそろ部活開始の時間だな。さぁ、コートへ向かおう」
 今にも食いかかろうとしていた海堂へ手のひらを向けて制すると、海堂がハッとしたように動作を止めた。踏み出していた足を元に戻して、横を向いて溜め息をつく。俺の予測でいけば、歩き出してすぐに『照れてないんで』ともう一度念を押してくるだろう。そうしたら、俺はどんな言葉をかけてやろうか。『海堂は素直じゃないな』と言えばキレられること間違いなし。『そうかそうか』といなしてしまえば納得したような、ホッとしたような顔をすることだろう。しかしそれらではあまりに刺激に欠ける返答だ。
 そんなことを瞬時に頭の中で考えつつ、忘れていた足元の草むらを見ると、そこにいたはずのコオロギは既に姿を消していた。もしかして動けないのではないだろうかと思っていたので、その葉を見て安心した俺は納得のいかないという顔をしている海堂の肩に、行くぞ、の意味を込めて手を置いた。


























***

これまたテキトーな感じが否めない。精進しまっす。


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