「そういえば」
 財前の誕生日を祝ったあと、食器類の片付けをしていると不意に小春が顔をあげた。
「ん?なんや」
 俺も手を止めて小春を見ると、小春が人差し指を頬に当てた悩ましげなポーズで首を傾げてみせた。
「くらりんは、4月生まれよねぇ」
「ああ、せやな。せやけど、金ちゃんも4月生まれやで。それがどないしたん?」
 再び、手元にあった鍋をスポンジでこする。やっぱりぜんざいに砂糖はつきモンやし、鍋でそれを煮るとなると、なかなかこれがヌメるねんな。せやけどスポンジの硬い面で磨くと傷がつくし、ここは柔らかい面で、洗剤の力に頼るほかない。自分家の鍋とかやったら、多少は雑にやってもええかも知れへんけど、これ学校のモンやしな。
 わしゃわしゃと泡だらけの手元に視線を落としていると、「うーん…」と唸る小春。「なんや」と声をかけてみると、小春が体ごとこちらを向いたのが見えて、再び顔をあげてみる。
「金太郎さんの誕生日なんやけど…」
「ん?4月の1日、エイプリルフールやな」
「うん…その、4月の1日っていうのがね、ギリギリやったなぁって」
 不意に、小春がちょっと寂しげに笑ってみせたもんやから、なんやと思って「何がギリギリなん?」と聞き返すと、タイミングよく離れたところから金ちゃんの声が聞こえた。なにを騒いでんねん、金ちゃんのやつ。
「それがね…普通、3月31日生まれの人までが1学年で、4月1日生まれからは学年が変わると思うやろ?」
「ん?そうやな。4月1日からは、ひとつ下の学年やろ」
「それがな。ホンマはちゃうんよ」
「…え?そしたら、いつなんや」
「………ひとつ下の学年に入るのは、4月2日から。せやから、もし金太郎さんが1日ずれて2日に生まれてたら、今頃まだランドセルしょってるっちゅーこと」
 小春がふふっと笑うのを見ながら、まだ金ちゃんが小学生やったら…と考える。あのゴンタクレっぷりは変わらんやろうとしても…今頃ランドセルってことは…。
「もし金ちゃんが2日に生まれとって、ひとつ下の学年やったら…俺らと出会うことは、なかったっちゅーことか…」
「くらりん。逆のことも言えるんやで?もしもくらりんが2週間早く生まれとったら、ひとつ上の学年やったんやで。アタシらとテニス部で関わりはあったかも知れへんけど、ここまで仲良くなかったかも知れへんで?」
 鍋を洗う手が止まる。このメンバーじゃなかったかも知れへんて?それは…なんとも考えづらい。今俺らはこうしてテニスをしてるのが当たり前になっとる。みんなでボケ合ったりツッコミ入れたり、毎日部活後におやつ食べたりして。金ちゃんのゴンタクレ具合は、抑えるのが大変な反面、その分どこか期待大だったりして。去年から部長として見とったけど、今年のこのメンバーは最高にええと思う。俺は今年の四天宝寺は最強なんやなかろうかと思うてる。それは、テニスにおいても、お笑いにおいても。
 しかし、誕生日が2週間、いや1日でもずれていたら。このメンバーは実現しなかったかもしれへん……なんて、そないなこと。
「考えられへんわ……」
 金ちゃんが、おらへんなんて。俺の毒手を怖がったり、アホみたいに意地張ってみたり。時には誰かのために、力技で圧倒してしまうこともある。俺は金ちゃんを、どこか保護者的な目線から見てることが多くて。まるで年の離れた弟に接するような気持ちで、いつも金ちゃんを見ていた。
 ちらり。とりあえず手首付近までは包帯をめくってある。せやけど極力濡らさないようにして、スポンジはというと、右手で持ってる。この左手を、いつまでも毒手やと信じている金ちゃん。ちょっと包帯の端を持っただけで、恐怖におののいておとなしくなる。かわええよなぁ、まったく。
 少しだけ、想像してみる。俺が、金ちゃんと出会わなかったら。そして、金ちゃんが、俺と出会わなかったら。
「…くらりん、」
 すると、不意に小春が俺を呼んだ。左手から視線を外すと、先ほどの寂しそうな顔から普段の顔に戻っている小春がにっこり口元を笑わせた。
「もしもの話よ。実際、金太郎さんは1日に生まれて、くらりんだって14日に生まれた。くらりんは今、四天宝寺中テニス部の部長やし、金太郎さんやってこの中学校の1年生。テニス部のスーパールーキー」
「……ああ、」
「もう、そないショボくれるとこやないでしょ。ええからはよ鍋洗うて、あの騒がしい1年生を毒手で黙らせたらなアカンのとちゃうん、白石部長さん?」
 小春がくるりと俺に背を向けて、さきほどから中断されていた食器拭きを再開した。耳をそばだててみれば、グラウンドの方から金ちゃんの声がする。どうやら誰かと追いかけっこしているらしいが、この騒ぎ声からして、相手は謙也のようだ。ホンマあの二人は、まったく。
「…小春の言う通りやな。はよ、アイツら黙らせな」
 言うて、鍋を洗う手を再び動かす。ひとまずコレ終わったら、グラウンドに出向いて謙也と金ちゃんを呼んで、正座さして、それから包帯の端を掴みつつお説教や。誰も使うとらんからって、サッカー部が部活後に綺麗にしたばかりのグラウンドで騒ぐなんてアホやってガミガミ言うたる。そこまで考えた時点で、毒手の恐怖に怯えた顔をした金ちゃんと、やってもーたって顔した謙也の姿が浮かぶ。そんな俺の思考なんて丸分かりかのように、小春が「正座は10分までにしてあげてね」と声をかけてきた。ああ、と返事をしつつ、やっぱり現実が一番やと思うた。
 でも、たまには"もしも"っちゅーのを考えてみるのもええかもしれへん。当たり前やと思うてた人とのつながりが、実は奇跡的なものやと気づくことが出来るから。そう思いつつ、鍋を洗う手を早めた。





























***

財前くん、誕生日過ぎてしまいました反省。そしてそんな財前くんはアウェー(笑)

しかしアレですよ、4月1日までは上の学年だそうです。同僚の親戚の方が市役所に勤めているそうで、その方からの話なのでたぶん本当です。理由までは定かではないのですが…。
てっきり「なんや、金ちゃん1日早く生まれとったら財前くんとタメやったんやないか」と思ってたんですがね。


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