部活前なのに腹が減る。いや、部活前だから腹が減るのか?いや、部活前だからこそ腹が減るのかもしれない。これは必然的なことなのかも知れない。バッグの中にはポッキーとか入ってたけど、あれは部活終わってから食うつもりだから今食べようとは思わない。うん、そうだな、誰か何か持ってねーかな。赤也とか何か持ってねーかな。あー、さっき仁王にも声かけてみれば良かっ……いや、アイツに食べ物持ってるかどうか聞くと『それ以上大きくなってどうするつもりじゃ』とか言って笑うんだろうな、畜生、だいたい仁王がガリガリすぎるだけだって、俺なんて普通だぜ普通。
 頭の中で忙しなく独り言を喋る丸井の視界の先に、見慣れた背中があった。後ろから見てもわかる、今日も綺麗に剃られたハゲ頭…いや、スキンヘッドが、白いシャツの色と比較色になって更に色黒く見えていた。
「………」
 丸井がじっと見てみるものの、何か普通に歩いているのとはわけが違うように見えるその背中。2.0の視力をこらしてよく見てみると、どうやら顔が少し下を向いている。ついでに右手に何かを持っているらしい。以前にも手元に持っているものを見ながら部室まで歩いていく姿を見かけたことがあるが、その時は保護者向けのプリントだった。しかし今回は…これは丸井のカンだが、どうもプリント類ではないように思える。ちょうど腹が減っている丸井にとって、ジャッカルのその右手にあるものが何か食べ物なのではないかという勝手な憶測が完成してしまった。
「…よっしゃ」
 そして丸井が小さくつぶやくと、気づかれないように忍び足で、しかし大股で急速に間を詰める。あと5メートル、4メートル、3メートルまで来てもジャッカルは気づかない。そのことに気を良くした丸井が、とうとうジャッカルの横にひょいと現れる。
「よう!ジャッカル!」
 ついでに手でわざとらしく肩を叩くと、ジャッカルが「うわっ!」と声をあげて驚いた。
「な、なんだブン太か…おどかすなよ」
 一瞬目を見開いたジャッカルだったが、すぐにいつもの目つきに変わる。それからジャッカルが呆れたように溜息をつくのを聞いて、「へっへへー、メンゴメンゴ」と平謝りしながら丸井がジャッカルの手元を確認した。するとそこには、丸井の憶測通りお菓子の入っているらしい袋があった。
「おっ、なんだよジャッカル。いいもん持ってんじゃーん」
 そしてわざと、イタズラっ子のようにバッとそれを取り上げる。ついでにジャッカルから距離を取ると、当然ながらジャッカルが「おい!」と言って手を伸ばしてきた。
「ちょ、待てブン太、それは……!」
「なんだよ、なんかまずいのか………って、ありゃ?」
「あ、あのー…それはアレだよ、なんつーか、その……」
 しかし、取り上げた直後のジャッカルの焦り顔に少しマジっぽさが浮かんだため、どうしたものかと一度ポカンとした丸井だったが、奪い取った袋に視線をやってから、やっと気がついた。ジャッカルから奪ったその袋は、ジャッカルには似つかわしくないピンク色のビニールで、無難なチェック柄の隙間は透明になっている。そしてその口を結んであるのは、金色の針金。まさかと思い、じっと中身を見てみると、どうやらクッキー、それも手作りらしい雰囲気がアリアリとしている。明らかに既製品とはまるで違う。ジャッカルから奪い取る時にチラリと見て確認したはずだったが、腹が減っていた丸井は食べ物であるのか、そうでないのかしか確認をしていなかった。
「……はーん。なんだよぃ、ジャッカルお前こんなもん貰ったのか」
 切原や幸村、仁王などが女子から何かを貰っている姿は何度か見たことがあったが、ジャッカルが何かを貰っているのは見たことがなかった丸井はニヤリとしてから視線を渡す。目が合うと、なんとなく気まずそうにジャッカルのほうが視線を外した。
「…さ、さっきよ、突然呼び止められて…」
「ふーん。で、なんて言ってコレくれたんだよ?」
「いや……良かったら食べてくださいって、俺が受け取った途端に逃げられちまってな…」
「へぇ…」
 照れているのか、ジャッカルが視線を外したまま人差し指でポリポリと頬を掻いた。見た目や体格はハーフさが出ているものの、こういう時のジャッカルはいやに日本人くさい。それを相変わらずニヤニヤしながら覗き込むように見る丸井が、もう一度そのクッキーを見る。料理のできる丸井から見ても、なかなか上手そうに見える。焼き色が絶妙だ。
「んで?その子は美人だったのか?」
「はっ?」
「ジャッカル、好みのタイプってアレだろぃ?色白ナイスバディーが好きなんだろぃ?どうだったんだよ」
 丸井が肘でうりうりとつつくようにすると、ジャッカルがやっと合わせたばかりの視線を再び横へ投げてしまった。
「や、まぁ……それは、」
「なんだよぃ。別に名前聞いてるわけじゃねーだろぃ」
「俺も名前は知らないけどよ…、…胸はデカくなかったけど、悪くなかっ…た……と思う」
 言いながら、今度こそ照れて少し赤くなったジャッカルを見て、丸井が確信めいたものを感じる。んだよ、ちょっと胸がなくたって好みの子だったんだろぃ?と言うよりも先に、奪い取ったままだったクッキーを差し出した。
「ほれ」
「…あ、ああ」
「いくらなんでも、お前のこと想って作ったモン、俺が食うわけにはいかねーからな」
 ジャッカルがそれを受け取ると、丸井は「ジャッカルにも春が来たのかー、つまんねーなー」と言いながら頭の後ろで手を組んで、立ち止まったジャッカルを置いて先に歩いて行ってしまう。その背中をジャッカルが見ていると、更に先を歩いていた切原を見つけたらしい丸井が「赤也ー!腹減ってんだよ、なんか持ってねーか?」と飛びつくのを見た。アイツ腹減ってんじゃねーか…と思うと同時に、腹が減っていても貰い物には手を出さないところに丸井らしさを感じる。
「アイツって、食べ物に関しては自分の正義を貫くよな…」
 ぼんやりと呟いたジャッカルは、手元のクッキーを目線の高さまで掲げ、まじまじと見てから再び歩き出した。





























***

丸井くんはアレだ。ただの食いしん坊じゃないぜ!っていう話。



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