今日も部活が終わり、皆それぞれに帰り支度をするために部室へと戻って行く。その最中、物事を考えることもせずに、ただぼんやりと前を歩く人々の背中を見ていた。私の3メートルほど前を、少し右寄りに歩いているのはジャッカルくん。毎日のハードな練習でも、自慢の体力のおかげか他の人たちよりはあまり疲れているようには見えない。そしてそのジャッカルくんよりも先を歩くのは丸井くんと切原くん。二人で今日の練習について話をしているらしく、時折ラケットを振るような仕草を見せている。その二人よりももっと先にいたはずの真田くんは、既に姿が見えなくなっている。ちなみに先ほど、柳くんが仁王くんに声をかけていたので、二人はまだコート付近にいるのだろう。
 不意に風が吹いてきて、足元をさらりとすり抜けたのが心地よくて一息つくように呼吸をすると、ああ、今日も有意義な時間だったと実感が湧いてき───
「ぬゎんじゃこりゃあああああ!!!!」
 突然、部室のほうから切原くんのものらしき声が聞こえた。それは悲鳴にも近いような声で、ハッとした私は、前にいたジャッカルくんが走り出すのを追いかけるようにして部室へと向かう。一体何事か。
「おい、どうした!?」
「どうなさいましたか!?」
 ジャッカルくんのすぐ後ろにつくように部室を覗くと、そこには呆然と立ちすくんでいる丸井くんの後ろ姿、そしてその少し前でわなわなと後ずさりをする切原くん。私とジャッカルくんの問いかけにも答えない二人に、ジャッカルくんが尚「おい、何があったんだよ」と声をかけると、ようやく切原くんが首を動かす。ガタガタと震えながら、引きつった顔で振り向き、同じく震える右手でゆっくりと指差した先。そこには、室内に設置してある机。しかしここから見える限りでは、特に何もないように見える。しかしゆっくりと切原くんが体を退けると、その影になっていた机の上には。


「バカ者!そんなに大きな声を出すな!鼓膜が破れるわ!」


「………」
「…さ、真田くん…?」
 机の上には、真田くんらしき生き物がちょこんと乗っていた。黒い帽子、我が校のジャージ。そして野太い声。まさしく真田くんに間違いはないものの。
「……せ、先輩ら……なんスかコレぇ……」
 衝撃のあまりすごい表情になっている切原くんが指差す先には、小さくなった真田くんがいた。しかもただ単に小さくなっているわけではない。まるでデフォルメされたキャラクターのように、なんだか可愛らしい形で縮小されてしまっている。顔も体も丸いフォルムで、目も丸く、まったく鋭さを持っていない。俗に言う3頭身。威厳もなにもまったくない姿になってしまった。その姿のまま腕を組むと、ちらりと後ろに置いてある飲料水のボトルに視線をやる。
「まったく俺としたことが……そこにある飲料水、名前も書いていないのだが俺のロッカーの前に置かれていたので差し入れかと思って飲んでしまったのだ。迂闊だった…普段ならば中身を確かめてから口にするというのに、今日に限って異常なほど喉が渇いていてな……って聞いておるのか貴様ら!」
 ぴーぴーと怒号を飛ばす小さな真田くんに、もちろん誰も臆する者はおらず。先ほどの切原くんの悲鳴を聞きつけたであろう柳くんと仁王くんが「どうした」「なんじゃ、事件か?」と次々に現れる。
「……弦一郎、哀れだな」
「なにを言う!こんなもの、気合で…」
「気合じゃどうにもならんじゃろ、それ」
「……むぅ…」
 先ほどから1ミリも動かない丸井くんをよそに、柳くんが前に出てきて腰をかがめ、まじまじと真田くんを観察する。仁王くんも全く動じない様子で近づいてはじろじろと見下ろしている。私の横にいるジャッカルくんも、丸井くんと同じようにフリーズしているままだ。口こそ開いていないものの、瞬きが少ないような気がする。
「や、やなぎせんぱぁぁい……嫌っスよ俺、こんな副部長、俺は嫌っスからね…」
 尚も真田くんを覗き込んでいる柳くんにすがるような姿勢で切原くんが戸惑った声をあげると、柳くんが切原くんを振り返ってからその頭をわしゃわしゃと触った。励ますために撫でたというよりは、励ますために撫でたと見せかけて単純にその髪をわしゃわしゃと触りたかっただけのように思える。普段は髪の毛をわしゃわしゃ触ると怒るので、今のタイミングにと思ったんでしょうね…真田くんの非常時だというのに、柳くんは冷静すぎるというのか、なんというのか…。
「よしよし、まぁ弦一郎ならば大丈夫だろう」
「どっからその言葉が出てくるんスかー…だって、これ…なんスかこの生き物!?」
「こら赤也!貴様、この生き物とはなんだ!」
「ちょ、だってこれ、副部長でしょ!?なんでこんなにちっさいんスか!?なんで萌えキャラに走ってんスか!!え!?」
 混乱している切原くんの言葉に真田くんが怒っている様子だが、ぴょんぴょんと飛び跳ねて表現されても全く伝わらない。体が小さくなり、あまつさえ3頭身体型では腕も足も短く、いろいろと体を使っての表現が難しいらしい。
 ズズズ…ガタン。困り果てた様子の切原くんを置いて、柳くんが椅子を引きずってきて座る。真田くんの前に座った形で、真田くんをじっと見つめた後に、その原因となったらしいドリンクの容器を手に取った。
「ふむ…ほら、見てみろ」
「なんスか?」
「この"乾"の文字……こんなものを作るのは青学の乾貞治しかいない」
 ちらりとボトルの側面を向けてくる柳くんの手元に、私も目をこらしながら近づいて見ると、確かに「乾」と書かれたシールが貼ってある。それからチラリと、未だドア付近にいるジャッカルくんに「ドアを開けたままにしておくと誰かにこの生き物を見られてしまうぞ」と柳くんが声をかけた。瞬時にジャッカルくんが慌てたようにドアを閉める。
「蓮二まで俺のことを生き物呼ばわりとは…」
「まぁ赤也が混乱を起こすほど、今のお前は可愛らしい見た目になってしまっているということだ。悪くないぞ、その姿」
 ピロリーン。
 柳くんと話をする真田くんの横で、仁王くんが携帯電話のカメラで真田くんを撮った。その電子音に真田くんが振り向き、それから「学校内では携帯を扱うな」と短い腕の先の小さな手で指を差して注意をすると、仁王くんが肩をすくめて「もう放課後じゃし、ええじゃろ」と言いつつまた構えなおしてピロリーンと写真を撮った。まったく仁王くんという人も、こういう時でも飄々とした態度を変えない。
「しかしまぁ、来ている衣服や帽子まで一緒に縮小されてしまいましたね」
「ああ、それについては俺としても不思議だ。もう漫画の世界としか言いようがないな」
 気になっていたことを口にすると、柳くんも不思議そうな顔をしてから真田くんの来ているジャージに手を伸ばした。裾をぐいっとわざと引っ張ると、真田くんが「な、なんだ」と言って少しよろけた。
「帽子なんてまるでミニチュアのようだな」
 言って、柳くんが今度は真田くんの頭から帽子をひょいと取ると、「なにをする!」と急いで腕を伸ばす真田くんだが、もちろんそんな短い腕では届かない。その間にも横で仁王くんが写真を…と思ったら、どうやら動画を撮影しているらしく、珍しく真剣な顔で携帯電話を真田くんに向けたままじっとしている。
「ふくぶちょー……こんなにちっさくなっちまって……」
 その様子を見て、切原くんがわなわなと震えたあとに「柳生せんぱぁぁい!」と泣きついてきたので両腕で受け止めて、私も便乗して頭をわさわさと触ってみる。ふむ、なかなか触り心地はいいですね。癖が強いですが、柔らかくて手触りはなかなかのものです。
「それにしても、どうすれば元に戻るのでしょうか」
「ああ。問題はそこなんだが……」
 言いつつ、柳くんが飽きたとでも言うようにボサッと真田くんに帽子をかぶせると、「蓮二はいつからこんなに乱暴になったのだ…」と言いながらいそいそと帽子を正す真田くん。チラリと丸井くんを見てみると、相変わらずガムを噛むのを忘れたまま、見たことのない生き物でも見るような、いわゆる"ドン引き"した目つきで真田くんを見ている。その後ろにいるジャッカルくんは青ざめた表情のまま、やはり瞬きをあまりしないまま息をひそめていた。
「そうじゃのう。ここは、原因を作った本人に聞いたほうが早いんじゃないか?」
 動画の撮影が終わったのか、かがんでいた腰を元に戻して携帯を操作しつつ、仁王くんが会話に入ってくる。
「ええ、そうでしょうね。乾くんならば、何か戻る方法もわかっていることでしょうし…」
「いや待て。貞治のことだ、戻る方法はわかっていないはずだ。もっと言ってしまえば、飲んだ弦一郎がこんな状態になっていることも予測がついていないはず」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ柳先輩。じゃあ乾って人、なんの目的でこの飲み物作って、真田副部長のロッカーの前に置いたんスか?」
 私に泣きついたまま顔だけ振り向いて問う切原くんに、柳くんが一度視線を渡してから、もう一度真田くんに目をやる。真田くんもそんな柳くんの視線に気がつき、短い腕を組んだ姿で「なんだ」と小さく声を発した。
「新作の乾汁が完成したものの青学のメンバーに飲んでもらえず、偵察ついでにここに置いておくことにした…というところだろう。ちなみに今日、茂みに隠れて俺たちの練習を見ていることには、俺も最初から気づいていた。そして貞治は、この乾汁の効果を見届けるために部室のすぐ外で身を隠していたはずだが、先ほどの悲鳴を聞いてタダ事ではないことを察知し………見つかる前にと、すでに帰路についた確率100%」
 言いながら、柳くんが真田くんの丸い頬を指先でうりうりと触る。真田くんが「なにをするか、」と抵抗するものの、こうも体の大きさが違ってしまっては力の比率も変わってくるというもので、結局力で負けてうりうりと頬をこねられている。不謹慎ではあるが、可愛らしい。
「ちなみに、弦一郎を狙っていたわけではない確率も100%だ。誰でも良かったに違いない。ただロッカーの名前も見ずに置いたのが、たまたま弦一郎のロッカーの前だったという話だ」
 柳くんが真田くんの頬をこねる指を止めると、その指から逃げるように真田くんが3歩ほど移動する。
「あーもう!どうでもいいっス!とにかく早くなんとかしないと、気持ち悪いっスよ!」
「気持ち悪いとはなんだ赤也!」
「だって本当のことじゃないっスか!見てくださいよ!丸井先輩なんて立ったまま失神してるんスからね!」
 私に泣きつく姿勢をやめて、右手で丸井くんを指差しつつ声をあげる切原くん。その声に、丸井くんが力なく「失神なんて、してねーよぃ…」と呆けたまま呟いた。
「おう、真田真田。ちょっとそこに座ってみんしゃい」
「なぜだ?」
「お前さん、今すごく手足が短いじゃろ。頭が大きくなっちょるきに、座らんと足に負担がかかるぜよ」
「そうか。ならば少し座るか」
 ピロリーン。
「おお、いいぜよ。足を投げ出して座ったほうがいいと思うんじゃけど」
「む、そうだな。確かにあぐらをかくのも窮屈だ」
 ピロリーン。
「ぶっ……」
「……仁王、貴様さっきから俺で遊んでいるようだな」
「遊んでなんかないぜよ。これはあれじゃ、せっかく今の真田が可愛いんでな、記念じゃ、記念」
「記念など必要もない。あとでまとめて消去するからな」
「機械に弱いお前さんに出来るんかのう」
「……む、消去することくらいできるだろう」
「やれるもんならやってみんしゃい」
 仁王くんが真田くんに座るように指示をしたため、真田くんが座って足を投げ出した。やはり短い。もはや置物が動いているように見えてくる。
「しかし困りましたねぇ。このまま家に帰すわけにもいかないでしょうし」
「ああ…しかし一日くらいならば、誰かの家に泊まることにしておけば大丈夫だろう。それにしても明日までには、どうにかする手立てを見つけないといけないな」
 じっと真田くんを見つめながら、私と柳くんで二人して考え込むと、不意に真田くんが再び立ち上がった。それからてくてくと歩いて柳くんに近づいていく。そして何をするのかと思えば、椅子に座っている柳くんの足へと飛び降りた。そのままジャージを伝って器用によじよじと降りていく。よくもまぁ、その短い手足でそれだけ動けるものだと妙に感心していると、床に降り立った小さな真田くんがまたてくてくと歩いていく。さすがにフリーズしたままの丸井くんも、道を開けるためにささっと動いた。
「弦一郎、どこへ行くつもりだ」
 その様子を見ていた柳くんが声をかけると、真田くんが振り返って「便所だ」と答えた。
「べっ…、副部長、正気っスか?その姿で便所なんか行けるわけないじゃないっスか!」
「ええ、切原くんの言う通りです。その姿のままでは無理でしょう」
 切原くんが言った言葉に賛同すると、真田くんは「しかし…」と言ってとりあえず立ち止まった。
「弦一郎、素直に便所に行くのは非常にまずい。誰かに見られる可能性というよりも、気づかれずに蹴られる可能性のほうが高い。そしてその短い足では便所まで遠すぎるだろう。ここは妥協して、そのへんで用を足すべきだな」
 椅子に座ったままの柳くんが言うと、真田くんが「うむ…」と少し悩ましげに唸った。それから「…仕方あるまい」と言って再び背を向けて歩き出した。
「ジャッカル、すまないがドアを開けてくれ」
 未だそこに立ったままだったジャッカルくんに声をかけると、ジャッカルくんが「お、おう」と慌ててドアを開ける。てくてく歩いていく真田くんが、段差を越えてドアの外へ、そして振り向くこともなくさっさと横のほうへと消えてしまった。
「………」
 途端に、顔を見合わす私たち。
「…どどどっどど、どうすんだよ、あああああああれ!」
 そこでようやく我を取り戻したらしい丸井くんがすごくどもりながら真田くんが消えたドアのほうを指差す。
「ほんとにどうすんすか!一生あのままってことないですよね!?」
「普通に考えても一生あのままという可能性は低い。しかし乾汁というものは毎回得体が知れない…解決策は、そう簡単には見つかりそうもないな」
「アレはアレで面白いと思うんじゃけどのう」
「こら、仁王くん。そういう冗談は感心しませんね」
「…な、なぁ。なんでああなった本人はさほど驚いてねーんだ…?」
 ポツリと声をもらしたジャッカルくんの言葉に、再び顔を見合わせる私たち。確かに、本人があれほど冷静なのも不思議な気がする。真田くんならばもう少し憤慨していてもおかしくはないはずだが。
「そうだよ…なんで副部長自身はあんなに普通でいられるんだ?だってちっさくなってんだぜ?3頭身だぜ?ありえなくねーか?こんなことが起きるのか普通?起きねーよ、絶対ありえねーよ、ちょっと待ってくれよコレってもしかして夢?俺、夢見てんのかなコレ」


「うむ、確かに。まるで夢のような現象だったな」


 不意に、声が顔から近い位置で聞こえた気がして振り向くと、真田くんが戻ってくる時のためと少し開けておいたドアのノブを掴んで、大きな真田くんが入ってくるところだった。
「……ぬわーっ!!真田副部長ー!!」
 途端、切原くんがすっ飛んできて真田くんに飛びつく。突然飛びつかれた真田くんはよろけることもなく、「む、」と声をもらしつつ受け止めた。
「弦一郎。戻ったのか」
「ん、ああ。用を足した後、すぐにな」
 柳くんの問いかけに、けろりとした顔で答える真田くんの顔を見て、それから全身を上から下までくまなく見る。どう見ても、いつものサイズの真田くんに間違いはない。
「ふむ……さしずめ、用を足して妙な物質を体外に出したことによって元に戻ったということか…興味深い」
 柳くんが考え込むようなポーズをして、仁王くんが「なーんじゃ、つまらんのう」と呟く。私も安堵する気持ちとともに、元に戻った真田くんに切原くんが泣きついているのを見ているとなんだか微笑ましくなってくる。思わずうんうんと頷くと、長いフリーズから意識を取り戻したばかりの丸井くんが再び、そして今度こそ本当に失神する姿が視界に見えた。
































***

ある方の描くデフォルメ姿があんまり可愛いすぎて思いついた話です。シリーズ化も考えましたがやめました(笑)

にしても、用を足して毒素排出とかちょっとお下品な話でごめんなさい。でもそれしかまともな解決策が思いつかなかったんです(´・ω・`)


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