「さっびー!」
 部室を出た途端に声を発した赤也が、マフラーに顔を埋めて肩を震わせた。
「邪魔だろぃ」
 部室から一歩出たところで立ち止まったために、すぐ後ろに来ていた丸井から突き飛ばされるようにして押し出される。2、3歩よろけて「ひどいッスよ!」と振り返ってみせたようだが、丸井はまるで聞いていないようにつかつかと歩き出していた。
「これしきの寒さにも耐えられんとはな。たるんどるぞ、赤也」
 その様子を黙って見ていた弦一郎がジロリと赤也を見遣って言うと、赤也は寒さに目を細めた。
「…だいだい真田副部長がおかしいんスよ。なんでマフラーしないんスか。見てるこっちが寒気してくるっつーの」
 マフラーに口元を埋めてごにょごにょとごまかした赤也だったが、弦一郎が「もう一度言ってみろ」と詰め寄ると「なーんでもありまっせーん!」と急いで首を横に振った。
「しかしこの寒さでマフラーに頼らないともなれば、確かに周囲の人間には悪影響だな。こちらはマフラーをしているにも関わらず寒気が増してくるようだ」
 すい、と弦一郎の横に立ってみれば、今度は弦一郎が俺を振り返った。
「蓮二、お前までそのようなことを」
「事実だ。視覚的なところから寒さを感じる」
 眉間に皺を寄せて納得のいかないという顔をしている弦一郎に、しれっとした口調で言ってのければ赤也が俺の横に回り込んできた。両手をポケットに入れて体を上下にゆすっている。よほど寒いのだろう。
「そうッスよ!見た目が寒いんスよ!もうなんでもいいから首に巻いてくださいよ!」
「なんでもとはなんだ!校則に従った正しいものを身に着ける必要があるだろう!」
「じゃあ指定のマフラー巻いてくださいよ!」
「ならん!」
「なんでッスか!」
 冷たい空気に触れて、俺を挟んでいる二人の声がいつもより遠く聞こえる気がする。立海テニス部の練習といえば生易しいものではないことくらい誰もが知っている。しかしその練習の後にもこうして言い合えるほどの元気があるとは。若い、の一言に尽きるものだ。
「赤也。言うだけ無駄だ。こういう頑固者には強行手段に出る他ない」
「蓮二…頑固者とは、一体どういっ…」
 そのままにしておくとイタチごっこになることは明白なので早々と赤也をなだめるように言うと、俺の発言に納得がいかなかったのか弦一郎がジロリと視線を光らせた。しかしそれも無駄なものになることは、こちらも明白。まさに弦一郎が、一体どういうことだ、と言う途中にも関わらず、突然視界に現れた立海指定ではないマフラーで弦一郎の首が絞められた。喉を強く圧迫されて弦一郎が言葉を切らせる。
「真田、痩せ我慢はいけないよ。鍛錬とかたるんどるとか、俺たちは中学生なんだからもう少し甘えてもいいんじゃないかな」
「幸村、貴様…背後から狙うとは何事だ!」
「ふふふ…気配を消すのが上手くなっただろう?」
「そういう問題ではない!それになんだ!このマフラーは!」
 弦一郎が怒り出すのも予測から1ミリもずれていない。そして精市が弦一郎の首にかけたマフラーに対して文句をつけることも。弦一郎は喉に密着していたマフラーを少しずらして色柄を確認していた。
「ふふっ、かわいいだろう?妹のマフラーなんだ。でもやっぱり真田には似合わないね、ピンク」
 よりにもよってピンク色の女子物であるマフラーを首にかけられたのだと気がついた弦一郎が顔を赤くする。怒りからか、それとも羞恥からか。たぶんどちらも当てはまるはずだ。しかしそのマフラーの持ち主が精市本人ではなく精市の妹であることから、尚のこと粗雑には扱えないことも同時に理解したはずだ。そしてそのことを計算した上でわざと妹のマフラーを…しかもわざわざピンクという色を選んできた精市という人間は恐ろしいやつだと改めて感じる。ダテにこの部を仕切っているものではない。
「……ふ、副部長、よく似合ってますよ…っ」
 途端に静かになったなと思っていると、赤也が口を開いた。ちらりと見てやれば、一生懸命に笑うのをこらえていた。最早寒さよりも、そちらのせいで身体が震えている。
「たわけが!このようなものなどなくても、俺は別に…!」
「だから真田、見てるこっちが寒いから困るって言ってるんだよ」
「むっ…しかし…」
「どうやら精市の優勢のようだな」
「蓮二!お前までも今日はそちら側なのか」
「なんのことだ。俺はいつでも客観的に見て自分が当てはまると思ったほうへ傾くぞ」
 弦一郎の顔がだんだんと困ったものに変わってきた。この味方がいない状況で、自分が折れるしかなさそうだと感じてきたのだろう。しかしいくら眺めど、やはり弦一郎にピンク色のマフラーは似合わない。
「……プリッ」
 チロリーン。突然、早足で俺たちを追い越し様に、仁王が携帯を向けて行った。音からして、カメラで撮影したことは間違いない。そしてその標的が弦一郎であることも間違いない。それに瞬時に気づいた赤也が「その写メください!」と言って早足で逃げる仁王を追いかけ出すと、仁王が先にいた丸井に捕まる。なにやら立ち止まって二人して携帯を覗き込んでいるようだ。そして次の瞬間、丸井が爆笑し出してからこちらを見た。それからまた爆笑して自分の携帯を取り出して操作し始める。仁王がこちらへ背を向けているために手元は確認できないが、赤外線で画像をやりとりしていることは容易に見当がついた。そこへ赤也も混じって行く。
「…まったくこの俺がマフラーなどたるんどる」
 しかし弦一郎は携帯もとい機械に疎いために、今自分が写真を撮られたことにも気づかずに話に戻っていた。ある種、強者とも言える。
「……、ま、まぁ、いいじゃないか。今日だけでもマフラーしときなよ。俺の妹が真田を心配して貸してくれたんだから」
 何故か言葉を詰まらす精市に違和感を感じて顔を見てみれば、弦一郎が写真を撮られたことに気づいていないのがよほど面白く感じられたらしい。肩を小さく揺らしつつ笑いを耐えていた。
「む、そうなのか。心配には及ばんのだが」
「いいからいいから。今日だけは巻いといてあげてくれないか。ね」
 精市が弦一郎の肩をポンポンと叩く様子を見て、俺は足を止めた。そのまま二人は歩みを止めずに進んでいく。一歩ずつ離れていく二人の背中、ピンクのマフラーを巻かれた弦一郎の姿が可笑しかった。俺は鞄に手を入れると、携帯を引っ張り出してその背中にカメラを向けていた。すまないとは思ったが、こんな姿はそうそう見られないと思うと撮影ボタンを押さずにはいられなかった。


























***

やべぇ。なんだこれ(笑)久々に書いたらひどい有様だ。詫びたい。とりあえずその写メ私も欲しい。




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