日直日誌を書いとるとこやった。休み時間、みんなにペン回しも教えんと謙也が俺の前の席まで来とった。普通に部活の話とか、最近見たテレビの話とかしとったんやけど、不意に謙也が喋るのをやめた。別にいきなりやめたわけやなくて、自然と会話が途切れただけ。俺も俺で日誌書いてるとこやし、盛り上げる必要もないから特になんも言わへんかった。ただひたすら謙也の視線が日誌に向いとったわけやけど、その視線が今度は俺をじっと見て離さんようになった。なんや。なんか顔についてるか?
「…あんま、見つめんといてくれる?」
「気っ色悪いこと言うなや。別にお前に見惚れとったわけとちゃうわ」
「即答するんもひどい話やな」
 三時間目。保健体育。左手で文字を書いていく。左利きが横書きすんのって大変なんやでぇ、自分で書いた文字のうえに手を置くから包帯がすぐ汚れんねん。せやから俺は基本的にシャーペンやなくてボールペン使うてる。……なんや、書き間違えたら終わりやって?なに言うとん。世の中には修正テープっちゅー役に立つもんがあるやろ。それに書き間違えんようにするのも、完璧を目指す俺にはちょろいことや。
「白石」
「なんや」
「ちょっとええか」
「なんや」
 謙也が相変わらず俺のほう見とる。まったくなんやねんと思いながら日誌から目を離して謙也を見る。んー、アカン。なんなんやそのアホ面。ぽっかーんとした顔しとるわ。写メ撮ってやりたいわ。
「あんな、白石」
「ん?」
「"やさしくそなえる医療保険・終身タイプ"って言うてみ」
「……やさしくそなえるいりょうほけん、しゅうしんたいぷ」
 謙也の提案するまま、CMで有名な保険の名称を言うてみる。するとそれを聞いた謙也が盛大に吹き出した。その次の瞬間には俺の机をバタバタ叩きながら爆笑しだす。
「な、なんや、なんでそない笑うねん」
 俺には何がおもろかったのか一切理解できずに戸惑う。とにかく派手に笑い出した謙也のおかげでクラスのやつらの視線が集まる。ちょ、恥ずかしいやん。どないしてくれんねん。ていうかホンマにどこがおもろかったのかをまず説明せんかい。
「はっはっは!!ええやん、やっぱり似合うやん白石!」
「なにがや」
「やさしくそなえる医療保険!」
「せやから、お前は何がおもろくてそない笑うとるん」
「笑うところ満載やないか。なんでよりにもよってやる気なさげに言うんや。その割には似合うとるし。エクスタシーとかわけのわからんこと言うんやめてそっち使えや。なっ!」
「わけのわからんとか言いなや!俺の素敵な決め台詞!」
「アホやろ、白石、お前アホやろ」
「謙也には言われたないわ」
 なんや日誌もそっちのけで謙也と言いあっていると、その会話を聞いていた女子らが遠くから「白石くんもう一回言ってー」とか言うてくるから謙也が調子に乗って「せや、もう一回言うてみ。絶対お前の一発ギャグにええから!」と押してきた。なんや、女子だけやなくて男子までもが俺に意識向けて待っとるやないか。そりゃ俺は人前で思いっきりボケたりなんてあんまりせえへんし、もの珍しいのかも知れへん。いや、別に恥ずかしいからやらんとか、そういうわけやないで。どっちかっていうとツッコミの立場が多いだけであって。せやけど俺かて、やろうと思えば爆笑くらい取ったるわ!
「やさしくそなえる医療保険!終身タイプ!」
 ガターンと椅子から立ち上がって元気よく言うてみた。膝の裏に椅子のフチが当たって地味に痛い。せやけど一瞬だけシーンとしたあとに、謙也をはじめとした男子が爆笑しだす。なんや、なんとなく恥ずかしさがこみあげてきてチラリと周りを見渡すと、それぞれ仲良しグループにわかれとる女子らもクスクス笑うとる。ちょ、なんかスベッてへんのにスベッたときくらい恥ずかしいわ。なんでやろ。
「…で、俺はどないしたらええんや」
 どうにも行き場がなくなって、腹抱えて笑うとる謙也に話しかけると、謙也が更に笑い出した。
「ださーっ!白石、お前ださーっ!」
「仕方ないやろ!俺かてボケるん慣れとらんさかい」
「ボケたあとは堂々としとくのが基本やで!」
「せやけどな、場所が悪すぎる」
「場所のせいにしたらアカンて。銀さんなんかこの間男子トイレの鏡の前でボケてたで」
「は?銀さんが?」
「せや、こう、髪型整える動作してな、たまたまおった4組のやつが見事にツッコんどったでー」
 わー、石田くん、えらい髪型決まってるやーん…ってハゲやろ!シャンプーいらんくらいハゲやろ!むしろボディーソープで全身洗えるやろ!やて、もう俺笑い死ぬかと思うたわ!って謙也がホンマに笑い死にしそうなくらいヒーヒー言いながら必死に説明しとったけど、とりあえず俺は右から左に流して椅子に座り直した。
「とにかくな、謙也。やさしくそなえる医療保険の終身タイプなんてな、言う人間をかなり選ぶ台詞やと思うんや」
「なんやいきなり話の方向がえらい変わったな!」
「ええから想像してみ。例えば財前が言うたらどうや」
「財前が、やさしくそなえる医療保険…」
「言わされてる感がするやろ」
「せやな」
「せやけど銀さんが言うたらどうや」
「…なんか加入したほうがええような気がしてくるな」
「せやろ。なんとなく義務的な感じがしてくる。せやけど、立海の仁王クンが言うてみたらどうや」
「嘘くさっ!めちゃくちゃ嘘くさいわ!」
「じゃあ青学の手塚クン」
「うっわ、めっちゃ信頼できるわ。同じ保険とは思えへんな」
「ほんなら、また立海に戻って幸村クン」
「入らへんと逆に寿命が縮まりそうや」
「じゃ、お前の氷帝の…謙也の従兄弟の忍足クン」
「侑士!?うっわー…想像つかへんわ。ていうか気色悪いわ」
「そうか?忍足クンやったら、なんやオマケとかぎょうさんつけてくれそうな感じするけどな」
「アカンて。あいつはぎょうさんオマケつけといて、あとからごっそり請求するタイプや」
「そらアカンな」
「アカンやろ」
 不意に謙也が、俺のボールペンを手に取った。日誌の端に、謙也の汚い字で「やさしくそなえる医療保検」と書かれた。
「…ちょい待ちや謙也。それボールペンやし。しかも保険の険の字ちゃうでそれ」
「あっ?木へんとちゃうんか!」
「木へんは検査の検の字や。保険の険はこざとへんや」
 ピッと指差してやると、謙也が保検の検の字をぐるぐると円を書くように塗りつぶした。それからそのすぐ上に「険」を書き直す。やっぱり俺より謙也のほうが格段にアホや。
 よーし、と言いながら満足気に日誌を眺める謙也の顔を見ながら、まったく何がおもろいねんと小さく溜め息をつく。なにがやさしくそなえる医療保険やねん。俺らまだ中学生やで。まだ関係あらへんで。そう心の中で毒づきながら、どのタイミングでそれを言うと笑えるかを考えてる俺も相当アホかも知れへん。



























***

「やさしくそなえる」がひらがななのが魅力的ですよね!笑
あの保険名を見るたびに何故か白石くんが脳裏にチラつくのが発端で書いてみました。後悔は…して、ない…よ、たぶん(笑)




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