桔平が、その口を真一文字に結んでいるのを見た。俺の目を、じっと見ている。でも俺からでは、桔平が見ているのが俺の左目なのか右目なのかは判別がつかなかった。30メートルくらい離れた場所に、俺は桔平のほうを振り向いた状態で立っていた。
「桔平」
 風のない、おだやかな日差しの下だった。本来なら包帯を巻いていなければならないが、俺はそういう拘束するものが苦手なので勝手に外してしまっている。見た目には少しアザっぽいが大丈夫。まるで通常の目のように見えるはずだ。
「……」
 俺が呼びかけたことで、桔平がこちらへと歩みを進めてくる。その足取りは静かで、そっと俺の横に立った桔平の視線が右目を見ていることに気がついた。ほんの少しだけ、口元を笑わせてみる。けど桔平の表情は相変わらず、口はずっと真一文字のままだ。まぁでも、それが桔平らしいといえばそれまでだ。こいつは、笑ってごまかそうなんてことはしない。
「…千歳」
「なんね」
「その、右目んことばってん」
 じっと俺の右目を見ていた視線が、今度は俺の左目を見てようやく視線が合う。俺の目と違って桔平の目はとても綺麗だ。綺麗な黒目が、光を吸収している。
「…桔平、」
 今にも口を開けて言葉を発しようとした桔平を呼び止めた。すると言葉を発するのを中断して「なんね」と返事を返してくれた。
「なんも言わんちゃよか。なんも言わんちゃ、よかとばい」
 言ってから、そっと目を閉じて、顔を横に振る仕草をする。それからゆっくりと目を開け見れば、桔平の表情は少しも変わらずに、しかし視線だけはずっと俺に突き刺さり続ける。
「…ばってん、」
「………」
 再び口を開いた桔平。しかし待っても言葉は続かなかった。尚もじっと見ていれば、不意に桔平がつらそうな顔をした。同時に斜め下の地面へとそらされる視線。なぁ、なんでそぎゃん悲しか顔ばしとうとや?
「桔平、そぎゃん顔せんで」
「…ばってん俺は、お前から…」
「……桔平、」
「お前から大事かモンば…っ、」
「桔平」
 桔平の口が言葉を紡ごうとした瞬間。俺はそのタイミングを見計らって手で口を覆ってやった。すると桔平は我に返ったように言葉を止め、地面を睨んでいた視線を再び俺と合わせた。
「……」
 お互いに言葉を発することもなく、やがて桔平が1歩下がった。自然と俺の手から口元が離れて、俺もそのまま手をおろした。桔平が少しだけ視線をさまよわせてから、今度はしっかりと俺の目を見据える。
「…そん、目。治るとや」
「治るって言われたばい」
「………そうや。そんなら、よかったい」
 不意に弱く風が吹く。その風に返事をするように、桔平が弱弱しく笑った。こんな顔、今までにも見たことはない。
「………そしたら、俺、行くけん」
「ああ。またな」
 少し間を開けてから、桔平は俺に背を向けた。静かに歩き出した背中は二度と振り返ることはなく、ただ真っ直ぐに、来た道を辿っていく。その後姿を見ながら、俺はそっと右目の瞼に触れてみる。眼球はある。黒目も白目もハッキリしている。でもこの丸い球体が、このガラス体が、物質をハッキリと映し出すことはない。きっと桔平はわかったはずだ。この目は治ると、俺が嘘をついたこと。そうでなければ、あんな悲しそうな笑顔は見せない。しかし追求しないでいてくれること。自由奔放な俺を、いつも小突きながらも見守ってくれていたこと。九州男児らしく、豪快なくせに些細な優しさを持っていて。今の俺ではテニスなんて出来ないけど、きっと俺がテニスを辞めると知ると桔平も辞めてしまうだろう。あいつは、あの男は、そういうやつだ。

「また、対戦したかねぇ」
 ぽつりと呟いた声が、どこに反響することもなく風にまぎれて消えた。もう、桔平の背中は見えない。




























***

二翼。きっと千歳は、自分が再びテニスをやるということが、橘さんも再びラケットを握るキッカケになるとわかってたんだろうと思う。この二人の言わずもがなな関係が好きです。友として、言葉なくして分かりあえてる感じが。
うん。でもうまく書けとらんな。困ったな!




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