ぼんやりと空を見上げていると、頬にポツリと水滴が落ちてきた。
「降ってきやがったか」
 ぽつりと呟くと、隣にいた柳生がすかさず「折りたたみ傘なら持っていますよ」と言う。俺はそんな柳生をちらりと見てから「まだ本降りにはなりそうにもねぇから大丈夫だ」とだけ返事をして、何気なく自分の頭を触る。
「ジャッカル君は、いつ見ても綺麗な褐色の肌ですね」
「…そうか?」
 目が透けて見えないほどのメガネだが、柳と同様でどこを見ているかは不思議とわかる。もう一度目を合わすと、いつもの調子で口元が笑った"紳士"な顔の柳生。一体何が楽しいのかわからないが、なぜだか先ほどから笑みを浮かべている。
「少し雨が強まってきましたね」
「そうだな…ったく、ちょうど今くらいの振り方が一番厄介なんだよな」
「傘を差すべきか、差さないべきか…という問題ですね?」
「ああ。降るんだったらザーッと降ってくれればいいのにな」
 …ところで、なんで俺なんだ?と言葉を続けると、柳生が眉をあげて「え?なにがです?」と言った。いやいや、なにがです、じゃねぇだろ。そもそも俺も柳生も、二人で一緒に帰ったことなんてない。まぁやってる部活が同じだからな、そりゃ同じ時間帯になることも多いし、俺だって今日みたいに一人で帰ろうとしてたことも珍しくはない(いつもだったらブン太や赤也が騒いでるのを聞きながら帰ることが多いんだけどな)。柳生だってそうだ、部活が終わっても丁寧に汗拭いてたりするから俺たちよりも支度の時間が長い。今日は俺も真田に呼ばれて時間食っちまったから、それで部室を出るタイミングが同じになったわけだが。それにしたって何度思いだしても不思議だ。
『あ、先いいぜ』
 二人同時にドアの前に行ったもんだから、つい譲り合うようにして俺が一歩引くと、柳生も譲ろうと思っていたらしく一歩下がりかけていた。しかし俺が先に声を出したから、柳生が意表をつかれたように少し驚いた顔をして、それからすぐにふふふっと笑ったんだ。
『すみませんねぇジャッカル君』
 そして部室のドアを開けて出たわけだが、紳士としての行動なのかドアを出てからもそのドアを手で押さえた状態で俺が出るのを待ってた。だから俺も急いで出て『すまねぇな』って言うと柳生が『いえいえ』って言って……それから、なんか自然な流れで一緒に歩き出したんだよな。それで今に至っても、この状態。二人で並んで歩いてる。俺は柳生の家がどのへんなのかよく知らねぇからどこまで一緒なのかわからないが、結構長い距離を歩いてる気がする。
「だから、なんで俺と帰ってんだ?」
 さきほどの柳生の「なにがです?」に対して、返事を返す。すると柳生がまた口元で笑って「ああ、」と納得したように頷いた。
「それは、ジャッカル君と途中まで道が同じだからですよ」
「…いや、まぁ、そうだろうけどよ」
「ご不満でしたか?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
 しかしあたかも当然のような物言いに、何か腑に落ちずに首をかしげる。さきほどからポツリポツリと降っている雨。俺はスキンヘッドだから頭に落ちてくる雫がイチイチくすぐったい。もう一度柳生を見て、その栗色の髪に水滴が乗っているのを確認してからまた自分の頭に手をやった。
「あそこの交差点があるでしょう」
 すると不意に、柳生がスッと前方を指差した。人通りのそう多くない道。交差点が見えていたが、俺らと同じように傘を差すかどうかで少し悩んでいる様子の男性が見えた。
「ジャッカル君は左の道でしょう?私はあの交差点で右の道なので、あそこでお別れですね」
 紳士らしく控えめに口元を笑わせる柳生。この顔もとっくの昔に見飽きた。しかし柳生ってやつは不思議で、紳士だと言われる割にテニスではとてつもなく非情になる。そのくせどこか独特のマイペースさがあって、こいつと話しているともやもやしてくるのは俺だけだろうか。前に一度ブン太にも聞いたが『柳生?ああ、別に』で終わってしまった。もうちょっとなんか言ってくれてもいいだろ。
「ていうか、俺があの交差点であっちの道を通ることよく知ってたな。本当はどっちからでも帰れるんだけどよ」
「ええ、前に柳くんが言ってたんですよ。ジャッカル君は遠い家から時間をかけて歩いて通っているが、トレーニングもかねてわざと舗装のあまり進んでいない道を選んでいると」
「…やっぱり柳には敵わねーな」
「ですね」
 ふふふ、と笑う柳生の顔を見ていると、雨がさきほどより弱まっていることに気がついた。ちょうど俺たちは交差点にたどり着いて、タイミングよく横断歩道の信号が青になる。さっき傘をさすかどうか迷っていた男性は傘を開く様子もなくスタスタと歩き出していた。
「じゃ、俺はここで」
「ええ、気をつけて帰ってくださいね」
「ああ、お前もな」
「はい。ではまた明日」
 俺が右手をあげると、柳生も右手を胸くらいまであげてみせた。横断歩道を渡りきってからなんとなく振り返ると、柳生も同じタイミングでこちらを振り返ったところだった。その顔が笑ったのが少し見えたところで、俺たちの間をトラックが通る。一瞬見えなくなって、次に柳生の姿が見えたときには後ろ姿だった。その背中を見て何故か満足した俺は、再び前を向いて歩き出す。まぁこういうのもたまにはいいのかな、なんて思ったりして。

 いつの間にか柳生が俺の鞄に折り畳み傘を忍び込ませていたことに気がつくのは、雨がまた少し強くなりだす頃の話。


























***

ある絵サイトさんで見かけた柳生とジャッカルの姿を突然思い出して書いてみました。なんかBLに繋がりそうな話になってしまった。しかもグダグダや。アカンな!



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