「銀!銀!雪や!雪!」
 土曜日やけど部活のために学校に出てきた。俺の30メートルくらい前を歩いていた銀さんが、校門のところではしゃいどった金ちゃんにつかまるのが見える。昨夜から降り続いた雪が少し積もって、どんよりとして暗い空やけど積もった雪の白さで町は妙に明るかった。
「ここでこれだけ積もってれば、コートが使えるかどうかわからんな」
 言うてから銀さんが金ちゃんに視線をやると、金ちゃんが一度大きく首を横に振った。
「んーん、今小春とユウジが愛の力でコート整備してくれてんねーん」
「愛の力が必要なのかどうかはさておき、せやったら大丈夫そうやな」
「へへへ、はよ銀も着替えてきーやー」
「せやな」
 銀さんが金ちゃんの頭に一度軽く手を置いてから、校門をくぐろうとする。しかしその足は雪にとられて、あっちゅー間に銀さんがこけた。あの銀さんが。巨体がこけたにも関わらずドシーンとかズシーンとか音がせんかったのは、咄嗟に受身の態勢に入ったからやろう。さすがや。
「大丈夫かー銀ー!」
 そら近い距離でそれを見ていた金ちゃんが爆笑するのも無理はない。それに対し銀さんはササッと立ち上がって金ちゃんと一緒に笑うてる。いや、笑うてると言うでも肩が動く程度で、顔はそんなに笑うてないんやけど。そういうとこが不器用やから、銀さんは憎めへんのやなぁ。
 今度こそ真面目に歩いて校門をくぐった銀さんはテニスコートのあるほうへと歩いて行く。それを見ながら俺も校門前までたどり着くと、金ちゃんが初めて俺に気がついたように二カーッと笑うてみせた。
「へっへへー、謙也おっそいでー」
「やかましいわ。今日は公道において走ることを禁じられたんや」
「えー、なんでや?」
「お前はこの雪が積もった中を走ると確実にコケるから絶対走るなやってオカンに言われてん。雪って真っ白で綺麗やけど意外と汚いもんやし、泥と混じった雪が服につくと洗う時に腹立つんやと」
「そうなんかー?雪って汚いんか?ワイ、さっき雪食うたで」
「はっ?雪食うたやと?」
「真っ白でふわふわしとって、なんや美味しそうに見えたんや」
「アカンて!雪はふわふわ空を舞っとる間にいろんなもんくっつけてるんやで!雨もそうやろ、あんま綺麗なもんやないから口開けて空見んなやって、前にも白石に怒られたやろ金ちゃん」
「せやけど、小春もユウジも怒らへんかったから、雪はええんかなーと思うたんやー…」
 金ちゃんの視線が下がる。上目遣いでこっちをチラチラ見てくるけど、なんやこれじゃまるで俺が金ちゃんに説教しよるような構図や。別に怒ってるわけとちゃうんやけど。
「ていうか、その白石はまだ来てへんのか?」
「せやねん。やからさっきまで小春とかユウジとかヒカルとかと一緒に遊んでてんけどな」
「財前ももう来てんのか。なんや、なんか腹立つな」
「へへへー、謙也ー、ヒカルより30分以上遅れてきたでー?浪速のスピードスターの名が泣くでー?」
「やかましいわっ」
「でもさっきヒカルたちと遊んでてわかったことがあんねん!ヒカルな、雪合戦めっちゃ強いで!」
「なんやと?」
「ごっついねん、小春とワイ、ユウジとヒカルのペアに別れてやったんやけどな、ワイがヒカルめがけて投げた雪を、更に雪で打ち落としてん!」
「ハッ、なんやそれくらい俺にもできるっちゅー話や」
「ちゃうねん、それがな、打ち落とされた雪に意識がいっとる間に、実はもう一個雪飛んできてんねん!」
「ちょ、それはなんや、同時にふたつ投げてたっちゅーことかいな!」
「せや!せやからワイが投げた雪を打ち落としつつ、ワイにも雪がクリーンヒットしたんやー!ごっついやろー!」
 金ちゃんがふたつ同時に投げたことに気がつかんくらいやから、たぶん財前は両手で投げたんやなく片手にふたつ持ってて投げたとしか考えられへん。せやけどその状態で、ふたつとも命中させるだけのコントロールと、そのうちのひとつは金ちゃんの投げた雪を打ち落とすくらいの威力があったっちゅーことは神業に近い。天才天才と言われながら3年の俺らが目立ちすぎてしもうてるけど、やっぱりあいつタダモンやないで。
「おい、コート使える状態になったで」
 するといきなり、校門からひょいっとユウジが顔を覗かせた。そのヘアバンドから覗く目を見てから金ちゃんが「そか!ありがとさんユウジ!ほな早速テニスやるでー!」と気合を入れる。せやから俺も「よっしゃー、今日は財前と打ち合いしたろ」と呟いて、勇み足で校門をくぐった瞬間。
「あーん、ヒカルくんの意地悪ぅー」
 小春の高い声が聞こえた。コートよりも校門に近い場所から聞こえて、俺は金ちゃんとユウジと視線を合わせてから3人同時に小走りで走り出すと、すぐそこに雪の中倒れ込む小春の姿があった。その姿勢のまま、上半身だけでくるりとコチラを振り返った小春が「あらヤダ謙也さーん、お・は・よ・う」と言うてきた。せやけど俺が返事するより先にユウジが「浮気か!」と声を荒げた。
「あ、謙也さんおはようございます」
 そして小春よりも向こう側、今にも雪の塊を投げようかとしていた財前が俺に声をかけてきた。その手の雪の塊を確認すると、3つばかり持っているやないか。
「ほーう。それが噂の神業っちゅーやつか」
「はい?何がです?」
「とぼけんなや財前。お前が複数の雪を投げる瞬間に操ってることくらい知ってるんやで」
「はぁ。さようですか」
 財前が気のない返事をしてから「冷た、」と呟いてから手に持ってた雪を地面に払い落とす。すると払った左手のほうに視線を向けていた財前の顔にめがけて、俺の横から雪が飛んでいく。そのスピードはかなり速かったが、次の瞬間には財前が右手で顔をガードしていた。その手首らへんに当たった雪が派手に散り、その散った雪の合間から財前の無気力な目が覗いて見えた。
「へっへっへー、ヒカルー隙ありやでー!」
「いやいや金ちゃん、ガードされたからな完全に」
 いきなり雪を投げたのはどうやら金ちゃんのようで、ちらりと見れば足元に雪の塊がたくさん作ってあった。俺が財前に神業やなんやと言うてるこの短い時間で作っとったっちゅーことやろな。我が後輩ながら言わせてもろうてもええか、お前アホやな。
「せやけど…俺もアホやっちゅー話や!」
 俺も金ちゃんの足元にあった雪を拾うて豪速で財前めがけて投げる。すると「臨むところッスわ」と財前が呟くのが聞こえ、俺の投げた雪が迎撃に遭って、金ちゃんが言うてた通り打ち落とされた。そしてその次の瞬間、その打ち落とされた雪が舞う中をもうひとつ雪が飛ん、
「ぶふぉっ!!」
 見事に俺の顔にクリーンヒットした。なるほど、これが神業…身を持って体験してもうたわ。
「あらー、大丈夫ー?」
「んんんぬぬ、だ、大丈夫やっ!よし小春!バックアップ頼むで!雪球作ってくれへんか!」
「んふっ、りょ・う・か・いー」
 財前めがけて雪を投げ始めた俺と金ちゃんのすぐ後ろで小春が雪球を作り始める。するとユウジが「じゃあ俺はヒカルに加勢するでー」と言って財前側に回った。2対3、いくら神業を持ってる財前がおるからと言って、俺らが優勢なのは間違いな、
「ぶふぁっ!!」
「はっはっは、謙也ー、さっきから当てられてばっかや…ぬふぁっ!!」
「ふたりともよそ見しすぎッスわ」
 また顔面に食らうてもうた俺と金ちゃん。顔についた雪を払い退けつつ財前を見れば、余裕な顔でまた左手に3つほど雪球を持っていた。
「謙也…ヒカルのやつ、やりよるやろ?」
「せやなぁ…こりゃまともに勝負言うたら、俺らが雪浴びるだけやなぁ」
 金ちゃんと視線を合わせてみると、その大きな瞳から自然と意思が感じ取れる。アカン、今これシンクロしてんのとちゃうか!とにもかくにも考えていることは同じのようで、ふたり同時に雪球を掴むと、これまた同時に財前めがけて投げた。わぁ、俺らやっぱりシンクロしてんのとちゃうか…雪の飛んでくスピードまでまるで同じくらいや。
 しかし次の瞬間、やはりその雪はどちらとも打ち落とされる。これまでは予想通り。そして俺と金ちゃんはサッとそれぞれ横に動いた。次に飛んでくるはずの雪を避けるつもりやった。
「んぎゃっ!!」
「ぐふぉっ!!」
 せやけど天才・財前光の前には成す術もなく、俺らの考えとることなんてまるでわかっとる財前の投げた雪が当たり前のようにヒットする。避けんほうが良かったっちゅーことかい。裏をかいたつもりが、完全にあいつの予測の範囲内やったわ。あかん、先輩としての地位が脅かされとるがな。
 そして財前は更に、俺らのチームを全滅させるつもりだったようでもうひとつ雪を投げていた。小春めがけて飛んでいくのがスローモーションのように見えたんやけど。
「近所の人の雪かき手伝っとったら遅くなっ……」
 バシーン!と音がして、雪が散る。あれ、と思って見てみればそこに小春の姿はない。代わりに雪を浴びたのは今来たばかりらしい白石で、ちょっと覗くとその後ろに小春がおった。咄嗟に白石を盾に使うたらしい。
「……すんません」
 一瞬にしてシーンと場が静まり返った中、財前がぽつりと呟いた。まるで謝る気はなさそうやったけど、顔面に浴びた雪がはらはらと落ちる中、フリーズしたままの白石の肩からバッグが落ちる。積もった雪の上にボサッとバッグが落ちた音以外、みんな唖然と白石に注目する中、その白石が下を向いて雪を払うように頭を振った。それからゆっくりと顔を上げる。
「………やるやないか財前」
 その顔は引きつった笑顔で、白石は金ちゃんの足元にあった雪球をおもむろに手に取ると財前めがけて投げ始めた。それにつられるようにして、俺と金ちゃんも再び財前に投げ始める。小春とユウジがそれぞれ雪球を作っていく中、投げ合いは完全に1対3になってしもうたけど、財前の表情は少しも崩れることがない。なんや悔しいわ、一球くらいあいつの顔面に当ててやりたいわ!
 途中でほんの一瞬、今日なにしに学校来たんやったっけとか、白石の包帯大丈夫なんやろかとか、みんな凍傷なるんちゃうかとか、いろいろ頭をかすめていく中で何か一番重要なことを忘れとる気がしたけど、結局思い出せそうになかったのでひたすら雪合戦に集中した。

「みんな、えらく遅いな…」
 その頃、テニスコートで銀さんが一人寂しく素振りをしていたという。

























***

冒頭に出てきたにも関わらず忘れられる銀さん。オチ要員でごめんね(笑)


back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -