誕生日を祝ってもらえるというのは、やっぱりいくつになっても嬉しいものだ。ていうか俺らってまだ中学生だし、義務教育なわけだし、まだまだ子供じゃん?素直に喜んでてもいいんじゃねーかなと思う(でも真田副部長は自分の誕生日のとき、女子からおめでとうって言われても『誕生日など祝ってもらう歳でもない』とか言ってたんだよな…本当は嬉しかったくせに)。
「き、切原くん」
「あ?」
「今日誕生日だよね、おめでとう」
「おう、サンキュー」
 でも残念ながら今年の俺の誕生日は日曜日。部活のあるやつしか学校には出てこないから、金曜のうちにプレゼントやら差し入れやらたくさん貰ってはいたんだけど。でもテニス部は、日曜の練習といえば基本的に毎回遠征。今日は柿ノ木中とかいう学校に来ていたが、休憩中にトイレに行って戻る途中、たぶんそこの学校の女子(体育館の近くだから室内競技の部活か?)が声をかけてきた。もちろん面識もなにもないけど、まぁ知らない女子から声をかけられることはたまにあるので今回もテキトーに返事をする。
 ひらひらと手を振ってやるとその女子はちょっと照れ笑いしてから足早に去っていく。その後姿を横目で見てからコートへと足を進めると、進行方向に真田副部長が立っているのが見えた。
「うげ…」
 仕方がないので迂回して行こうかと思った瞬間、なぜか副部長がこちらを振り向いた。そのことに驚いたのと、条件反射として目が合った瞬間に身体が硬直したのと、ふたつの要素が相まってぴったりと動きを止めてしまった俺に向かって、なにをしている、と副部長が言った。話かけられては仕方がない、そう思って少しうなだれてから、俺はしぶしぶ副部長の元へと歩きだす。
「はぁ…」
「溜め息をつくな、みっともない」
 隣に立つと自然と溜め息がもれ、それを注意してきた副部長に視線を一度渡す。
「副部長、早く終わんないんスか〜今日の部活」
「時間よりも早く終わることなどない。決して満足のいくものではないが、時間のある限り練習をしなければならない」
 腕を組んでまっすぐコートを見ている副部長の視線を追うように、俺もコートに目をやる。3面あるコートすべて埋まっていたが、どの試合も俺ら立海の生徒が優勢のようだ。まぁそりゃそうだよな、柿ノ木中って都大会止まりだろ?立海の非レギュラーのやつにさえ手も足も出てねーじゃん。
「まぁそうッスよね、俺らにとっては練習にならなくても、相手にとってはいい機会なんでしょうから」
 格の違いに絶望するという意味では、という言葉をあやうく言いそうになったがなんとか飲み込んでおいた。こんなこと言ったら「言葉には気をつけろ」とかなんとか言われちまう。まっ、でも練習にならないってことは副部長も感じてるみたいだし、怒鳴られるほどでもなかったかもしんねーけど。
「…ところで、赤也」
 コートで試合をしている丸井先輩とジャッカル先輩。ジャッカル先輩は無表情だけど、丸井先輩がいかにもつまんねーって顔してんのを見て笑いそうになってると、副部長が声をかけてきた。
「なんスか?」
 半分笑いながら返事をして視線をやれば、相変わらず副部長はコートのほうを見ていて、一瞬だけ俺をチラッと見たけどすぐにまたコートのほうに視線を戻した。
「今日が誕生日らしいな」
 すると副部長の口から出てきた言葉。まさか誕生日の話題がふられるとは思ってなかった俺は「うえっ?」と情けない声をあげてしまう。そのことに対して副部長からまた何やら言われるのではないかと焦って「あーはい、そうッスけど」と急いで言葉を付け足した。しかしそんな俺の心の中を知らずか、今度は副部長が顔ごとこちらを見る。その目はいつもと何ら変わった様子を見せないが、俺としては副部長が俺の誕生日を知っていたこと自体が驚きだし、知っていたとしてもわざわざ話題にしてくるとも思えなかったからただひたすら唖然とする他ない。
「お前も14か。まだまだ若いな」
「…副部長?副部長だってまだ15でしょ」
「む、何を言うか。その1年という違いがどれほど影響していると思っているのだ」
「い…いやー…それは…」
 俺らって結局ひとつしか違わないのに、やっぱり副部長はいつ見ても老けてて(いやここは大人びてるとか言っておいたほうがいいのかな)、それを考えると確かに1年の差は大きいのかなって思う。それより何より、テニスにおいての実力が違いすぎる。悔しいけどまだ今の俺では副部長にも、柳先輩にも幸村部長にも、手も足も出ない状態だ。これがたった1年の差で生まれたものだとしたら俺は親を恨むね。もし俺が1年早く生まれてたら、もしこの1年という差がなかったら、全国ナンバーワンの夢だって、案外簡単に達成できていたかもしれない。
「まぁたとえ1年という差がなくても、お前は俺たちには勝てんだろうがな」
 すると副部長が俺の心の中を読んだような発言をするものだから更に驚く。思わず目を見開いて副部長の顔を見た。
「えっ、なんでわかるんスかっ?」
「ん?何がだ?」
 しかしつい口から単純に問いかけの言葉が出てしまっても、副部長には何のことだかわかっていないらしかった。うーん、無意識か。柳先輩みたいに、俺の考えとかが全部読まれてるのも癪に障るけど、こうやって無意識に心の中を当てられてしまうというのもなんだかいけ好かない。そりゃ俺はポーカーフェイスが得意なわけでもねーし、顔とか態度とかに出てるってよく言われるけど。でもこれってアレだよな。なんて言うんだっけ。プライバシーの侵害?侵害だよな?え?違うの?心の中を読むのって侵害に当たんないの?
「いや、なんでもないッス。でもなんで副部長が俺の誕生日知ってんスか?」
 とにかく頭の中でごちゃごちゃと抱いた気持ちを払拭するように話を振る。だいたいそうだ、なんで副部長が俺の誕生日知ってんだ?俺だって中学生だし、自分で言うのも何だけど正直ガキだ。そりゃ自分で「もうすぐ誕生日なんスよ!」って騒いだかもしれないけど。…いや、騒いだような、気がする…。へへへ。騒いだ確率90%だ。なんつって。
 ていうかアレか、これはプライバシーの侵害以前に俺が自己申告しすぎなのか、という決断に至ってからじっと副部長の顔を見ていれば、副部長が「うむ、」と一度頷く。
「昨日、蓮二が言っていたからな。それで、そういえば去年の今頃も、誕生日がどうのと騒いでいたものだと思い出してな」
「あー…やっぱし出所は柳先輩ッスか…」
「ああ。明日で赤也が14歳になるが成長は見られるだろうか、と問うてきたのだ」
「…ったく、なんスかその言い草。俺だって1年もあれば少しは成長しますよ!」
 柳先輩がその台詞を言うのを想像するのがあまりにも容易くて、同時にいつも俺を格下扱いする柳先輩に少しイライラした。そりゃ実際俺は年下だし、テニスでだってまだまだ勝てませんけど。それにしてもひでーよな、まったく。いつまで経っても歯が立たなくて、勝てない俺にも、勝たせてくれない先輩たちにもイライラする。成長は見られるだろうかって、そんなのアンタたちが一番近くで、
「そうだな。お前もこの1年で随分と成長したものだ」
 しかし副部長の口から紡がれたその言葉に、俺は驚いて思わず口が開いた。あ、やべ、口が塞がらねー。虫入ったらどうすんだよ。自分の顔の状況を冷静に見る俺の傍ら、えっ?ふく、副部長、いいいいま、なんて言いました?あれ?なんか誉められたような気がしたんだけど、まさか。と焦っている俺のほうが脳の大部分を占めている。思わず「えっ?」と声をあげてしまったが、そんな俺を相変わらずじっと見たまますぐに副部長の口が開く。
「お前は仮にも、3年生を押しのけて2年生で唯一のレギュラーなのだからな。そのことには誇りを持ってもよかろう」
「えっ?あ、ちょっと待ってください」
「む?なんだ?」
「いや、なんだ、じゃなくて…」
「言いたいことがあるのならハッキリ言わんか」
「ああいやいやいや、そういうことじゃなくて、その、つまり」
「………」
 普段よく怒られては殴られる俺。てっきり副部長は俺のこと認めてなんてくれてないんだと思ってた。なにかにつけても「たわけが」とか「たるんどる」とかで俺のこと誉めてくれることなんて滅多になかったし、生意気なガキとか思われてるんだと思ってたんだけど。
 今、副部長俺のこと誉めた?なぁ、今誉めたよな?誉められたよな俺?
「副部長、どっかで頭打ったんですか?」
 ついそのことが信じられなくて、なんとも失礼な質問をしてしまう。
「たわけが」
 すると副部長の顔がいつもみたいに厳しいものになって、頭を軽く叩かれた。あ、でも今日のはあんまり痛くない。
「だ、だって副部長、前俺のこと、生意気なガキがどうとかって…!」
「ふん、確かにお前は生意気なガキだ。しかしガキはガキなりにも成長しているのは確かだ。いかにその成長が無茶苦茶なやり方であってもな」
 不意に、後頭部に何かが当たる。伸びているのは、副部長の手だ。仁王先輩やら丸井先輩からしょっちゅうワカメだのなんだの言われる俺の頭を、副部長の手がガシガシと撫でた。
「ちょ、ってて、髪に絡んでますって、」
「ふん、」
 副部長の手が、ていうか指が少し髪に絡まって引っ張られる。いてて、と喚く俺にもお構いなしに撫でられるけど、その手が慣れてない感じをアリアリと感じさせている。変な感じ。
「…俺は、お前に感謝している。この立海大附属に入学し、テニス部に所属してくれたこと。そしてお前がレギュラーとして俺たちとともに戦ったこと。どんな手であれ、決勝でお前と蓮二のペアが勝利を掴んだのは事実だ。団体としては負け、今年は優勝こそ逃してしまったが、お前という存在があれば来年は再び優勝旗を取り戻せるのではないかと俺は思っている」
 そしてゆっくりと、手が離れていく。俺はもがくのをやめて再び副部長と視線を合わせる。しかしそこには俺の見たこともないような顔をした副部長がいて、戸惑う感覚を覚える。
「だからお前がここにいること、生まれてきたこと。お前のご両親にも感謝したい。そして今日という日を、めでたいことだと言ってやりたいのだ」
 いつもなら、俺を睨みつけるような目で見張ってる副部長。でも今俺の前にいるのは、どっか柔らかい雰囲気を持ってる副部長だ。目線はしっかりと俺を捉えていて、普段じゃありえないことをサラサラと言うものだから俺の頭がついていってない。なんだろうコレ、ドッキリとか仕掛けてんだろうか。
 さっきから唖然として口をパクパクさせるしかない俺。でも副部長はそんな俺を無視して更に言葉を続ける。
「誕生日、おめでとう。来年は更に成長していることを祈るぞ」
 そして一度、俺の肩をポン、と叩いてからコートへと歩き出す。それを呆然と目で追うと、試合の終わったらしい柳先輩のところまで行って、なにやら言葉を交わしてる。どうせ相手が弱すぎるとかなんとか、言ってんだろうな。だって柳先輩の眉が少し困ってて、副部長も深めに頷いてる。

 ぼんやりとその光景を見ながら、俺の中でぐるぐると渦巻くものを感じる。おめでとうとか、ありがとうとか、ありふれた言葉かもしれない。いろんな人から、誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとうって言われたけど、おう、とか、こっちこそありがとな、とか、とにかく適当に返事してきた。ありふれた言葉、ありふれた返事、今まで14回繰り返されてきたそのやりとりに、俺は少し慣れてきてたのかもしれない。そこらにありふれてる風景だと、思っていたのかもしれない。
 でも副部長に言われて、普段そういうことを言わない人に言われてみて初めて、ハッとしたんだ。俺が生まれて、この場所にいるということ。今出会えてるすべての人と、出会えてなかったとしたら。俺がテニスをやってなかったら?立海大を選んでなかったとしたら?それより何より、人類ってものがこの世に生まれてから長いこと経ってるけど、この長い歴史の中のほんの一時代に出会うってのはどれだけの奇跡なんだろう。それらの奇跡、すべての現象の最初である、誕生というその日。それを祝ってもらえることを、俺はどこか当然のことだと思ってたのかもしれない。
 いや、きっと当然なんかじゃない。生きていることを当たり前に感じて俺らは生きてる。でもこうして今を生きるために、一体どれほどの奇跡を起こしてきたんだろう。必然も、偶然も、きっと奇跡の上に成り立ってんだ。
 暑さを溶かしたようなぬるい風が足元をすり抜けるのを感じながら、俺は拳を握った。

 そうしてありふれてる大切なことに気がつく、14歳の誕生日。




























***

2011年、赤也の誕生日を祝う天使と悪魔は紙一重様に提出させていただきました。
絶不調の時期の作品ということもあり、いつもに増してクオリティが…すみませぇぇぇん!!愛だけはあるんです愛だけは!

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