知り合いの誕生日?あー、まぁ仲が良いんじゃったらなんかやったらええんじゃないか?ん?いやいやいや、俺は男じゃからなぁ。そういう女子みたいなことはせんよ。そりゃ女子の間じゃあ友達の誕生日とかにもわざわざプレゼント用意して、顔合わせたらおめでとーって言うてキャッキャするんじゃろ?俺のクラスでもよく見る光景じゃ。しかしそれはあくまでも女子同士じゃから許されることであって…まぁ考えてもみんしゃい、男が男の誕生日を祝うなんておかしくないか?普通。
「…やっぱり、おかしいかのう」
 自分の左手にぶら下がっている透明の袋をちらりと見てつぶやいた。自分の教室へと向かっていた足を止め、左手をあげてその袋を目の前に掲げてみる。入っているのは、いぶし銀の短めサイズのブックマーカー。この間ふらっと出かけた時に、地下道の変な露天商のおっさんから買い取ったものだ。ブックマーカーなんぞおそらく自分とはあまり縁はないだろうな、と思いながら再びそれを凝視する。本をまったく読まないというわけでもないが、途中で本を閉じるときもそのまま閉じて、また開くときはテキトーなところを開いて読むことが多いためだ。
 手首を反して無駄に裏側を見たりしていると、ブックマーカーが夕日を鈍く反射した。平べったく曲線を描いたそれは、頭でヘアピンカーブした先に飾りがついている。青地に銀模様の和柄がついた薄っぺらい半球体と、その下に控えめに紺色の房がついていたが、袋の中で少し広がってしまっていた。何度見ようとも、いまいち相場がわからなかったがこの際値段など関係ないと言い聞かせた。
 すい、と左腕をもとの位置へ戻し、再び歩き出す。履き潰したシューズの底がぺたぺたと響く中、ふと見れば自分の教室まであと少しだった。そのまま歩き続け近づくと、教室の後ろのドアをガラッと開けた。
「待たせて悪かったのう」
 ドアを開ける直前、ドアの上部についている窓から中にいる人物が俺の足音を聞いてこちらを振り向くのが見えていたが、案の定、参謀は指示した通り俺の席に座って待っていた。
「いいや、それほど待っていない」
「ほうか。ならええんじゃ」
 微妙に整列できていないクラスメイトの机の間をすいすいと移動し、参謀が座っている俺の席の、横の席の椅子を引く。ガタッ、と音がしたのも気にせずにそのまま腰掛けると、参謀が体ごとこちらを向いた。
「それで、なんの用だ」
「まぁそう焦りなさんな。とりあえず誕生日おめでとさん」
 俺が頬杖をついてから言ってやると、参謀がふわりと微笑んだ。
「ひとつ歳をとるごとに祝ってくれる人間が増えているな。ありがとう」
 眉尻を少し下げた微笑み方はなんとも穏やかな表情だ。最初こそこいつは表情があまり変わらないなと思っていたものが、こうして近くにいてみるとだんだん違いがわかってくるようになった。今みたいな穏やかな顔もすれば、試合中のように厳しい顔もする。しかし参謀は大きな声をあげたこともなければ、誰かや何かに向かって怒鳴りつけたりすることももちろんなかった。常に冷静沈着で、いつも涼しげだ。これまで負けなしで来ていながら、関東大会で昔の馴染みとやらに接戦の末に負けた時にも冷静だったことに俺は驚いたんじゃけど。
 でもそうやって参謀が涼しげな顔をすればするほど、その表情を崩してやりたいと思うのも事実だった。
「それにしてもお前さん、プレゼントはどれくらいもろうたんじゃ」
 朝から教室の机の上に積まれていたというのは噂で聞いていたので、ニヤニヤしながら聞いてみる。すると参謀は、ちょっと困ったような顔になった。ほんのわずかな変化だ。
「ああ、去年はそう多くもなかったのだが、今年はどういったわけか少し多かった。朝登校してくると机の上に小さな山が出来ているほどにな」
「モテモテじゃのう、参謀?」
「女子を引っ掛けるのが得意なお前に言われてもな」
「そうか?」
「そうだ」
 ニヤニヤしたまま、じろじろと参謀を見てみる。改めて見ても、やっぱりこの男は立海の制服が似合うやつじゃなと思った。サマーセーターがこれほどまで似合うとは不思議なもんじゃ。そのサマーセーターの下のシャツの袖から伸びる腕。しっかりしちゃいるが、筋肉が薄いために細く見える。俺と同じで直射日光が苦手で、なんとも色が白い。そういえば最近また登下校中に番傘を差しているという目撃談を聞くようになった。というか俺も入れてもらったことがある。せっまい番傘に男ふたり並んで入るのは見た目的にも見苦しいこと極まりないが、参謀が嫌がらなかったのでそのまま分かれ道まで一緒に帰った気がする。あんまり覚えとらんが。
「なんだ、人のことをじろじろ見て」
「なんでもなか」
「…変わったやつだな」
 参謀がまた、ふっと笑う。なんでそんな微笑み方ができるのかよくわからん。なんちゅうか、慈愛に満ちとるっちゅーか、とにかく優しい顔をする。俺にはとうていマネできん笑い方じゃのう。
 不意に、ズボンの左ポケットに手を入れた。中には、さっきまで手に持っていた例のブックマーカー。ドアを開ける直前に、ポケットに突っ込んだ。もちろん参謀に渡すつもりでいたのだが、なんだか迷いが出てきた。俺なんかからもらっても嬉しくもないじゃろうな、とか、ブックマーカーくらい自分で買うじゃろうな、とか。むしろ既に誰かからもらっているかも知れない。本を読みすぎて歩く辞書とまで噂が立っている参謀のことだ。本に関するもの、ブックマーカーや栞なんてありきたりすぎるかもしれない。しかし部活後にB組まで来いなんて意味不明に呼び出しておいて、雑談だけというのも不自然すぎるか…。
「ところで、」
「なんだ」
「俺からも、あるんじゃけど。プレゼント」
 もうこうなりゃ仕方ないと意を決して、ズボンのポケットからブックマーカーを掴んだ手を引き抜いた。袋が折れてぐちゃっとなっていたがブックマーカー自体に大した影響はないようだった。
「これは…」
 その様子を見ていた参謀の表情がまた変わる。驚いたように眉が少し上がっている。そのまま参謀の右手が手のひらを上にして伸びてきたので、そこに袋を乗せてやる。
「ブックマーカー。安物じゃけど」
 なんだか妙に照れくさくなってそっぽを向く。教卓のほうを見ると、黒板がとても綺麗になっている。今日の日直当番、かなり丁寧にやったんじゃなぁ。
「…いいのか」
 手の上に乗せられたままのブックマーカーをまじまじと見つめていた参謀がぽつりとつぶやいた。その声音は別にいつもと変わらなかったが、やはり俺がプレゼントを用意したことに関して驚いているようで、不意に視線をよこすとじっと見つめてきた。なんだか今にも開眼しそうだ。
「…たまたま見かけてな。それ見た瞬間、参謀が頭をよぎったんじゃ。これしかないと思ったんダニ」
 目だけで参謀を見て言うと、参謀は再びそれに視線をおとした。今度は自分の手のひらからブックマーカーを取り、袋の外から半球体や房に触ってみたりしている。なにが面白いんだか、と思いながら俺も参謀のほうへと向き直る。
「仁王が、俺に…か」
「なんじゃ、嫌じゃったか?」
 やっぱりちょっと気色悪かったかのう。と思い、率直に聞いてみる。正直、反応が薄いことはわかっていたが、これほど驚いてくれるとは思っていなかった。しかしデータ男である参謀の予想を超えることが俺は好きだった。他人の心中を読むのが得意で、データや知識から計算して行動を予測してしまうなんとも人間離れした参謀。そんな奴の、緻密な計算からなる予測を覆すというのはペテン師としてはこの上なく優越を感じるのだ。前にこの話を柳生にしたら『趣味が悪いですね』と言って鼻で笑われたんじゃけどな。ひどいじゃろ?
 しかし参謀は、今度は俺の予測を遥かに超える。不意に、目が開いたのだ。悪寒的な意味でドキリとして一瞬動けなくなる。
「…いいや、嬉しいよ。大事にしよう」
 その目が開いたまま、細められる。せっかく開いたのに細めたら意味ないじゃろって頭のどこかで聞こえた。意識が完全に乗っ取られたような気さえするほど、釘付けになるほど、参謀が優しく笑ったのだ。なんとも、心から嬉しそうに、だ。
 前述にも述べた通り、今では参謀の表情の違いがわかるようになった。しかしそれは俺だけではなく、テニス部のレギュラー陣なら誰にでも言えることだ。しかし、誕生日おめでとさん、と告げたときのような眉尻を下げた微笑みは普段あまり見せるものではないことも、今では知っていた。あの顔は、よく切原がやんちゃをして真田に怒られているときにしていることがある。仕方ないな、といった、なんとも愛しそうな目線だ。その時の参謀の、切原に対する愛情があくまでも家族的なものであることは俺にもわかっていたし参謀本人も自覚しているようだった。兄弟が姉しかいない参謀にとって、切原はまるで弟のようだと感じているんだろう。
 しかしたった今、俺が見ているのは、今までに見た表情のどれとも違っていた。切原が真田に怒られているときにしている微笑みとも、試合中に予測を的中させまくる優越的な微笑みとも、さっきの眉尻を下げた微笑みとも違う。瞬間、俺の心臓が10センチくらい跳ねたような気がして、それから心拍数があがってきている気もする。
 ちょっと待て、俺、今どんな顔しとる?もしかして顔が赤くなってきとりゃせんか?え、おい、ちょっと待て、この感じ何なんじゃろう。正直、俺自身は参謀の誕生日を祝う気はなかった。ただ、参謀っぽいブックマーカーを見つけたんで買ってみた。そんで参謀にやろうと思った。そしたらちょうど参謀の誕生日が近くて、ちょうどいいと思っただけなんじゃ。でも参謀の嬉しそうな顔を見て、なんで心拍数があがるんじゃ。いや、別にそういう目的で買うたわけじゃないき、ああでも、なんで俺は参謀にプレゼントとしてこれを渡すことにしたんじゃ。別に誕生日が近かったからとか、そんなんじゃなくても良かったはずじゃろ。ていうかなんで俺参謀の誕生日を覚えとるんじゃろう。このあいだ丸井の誕生日忘れとって『お前チームメイトに関心薄すぎなんじゃねーの』とかなんとか言われたような。
 ああ、違う。違うんじゃ、思い出した。ふらっと出かけた先でも、頭のどっかに参謀がおったんじゃ。なんで休みの日にまで、俺は参謀のことを…

 はぁ。もう堪ったもんじゃないぜよ。俺としたことが、

 不覚にも、ときめいた。























***

2011年、柳の誕生日を祝う計画!/様に参加させていただきました。

ひとりで頭ん中ごっちゃごちゃ仁王くん。なんか仁王くんメインみたいになっちゃってすんません…。精進します。

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -