職員室から戻って、俺はソッコー仁王の席に行った。休み時間というのに珍しくきちんと自分の席に座っている奴の背中。その姿に一瞬、疑問を抱く。おとなしくそこに座っていることすら珍しいというのに、背もたれに寄りかかることもせずに正しい姿勢で座っているではないか。仁王らしくもないぜ。一体どうしたってんだ?
「おい仁王、木野先生が呼んでたぜ」
 斜め後ろに立って声をかけてみる。しかし返答はない。近距離からまじまじと見れば、更によくわかってくる仁王の姿。ピンと背筋を伸ばして、背もたれと背には何センチか隙間がある。手も軽く腿の上に置いてあり、顔はまっすぐに前を見ている。なんだか様子がおかしい。いつもの仁王なら、背もたれに寄りかかって気だるそうにしているのに。
「おい、聞いてんだろぃ」
 もう一度声をかけてみる。しかしその顔はただひたすら前だけを見続けている。しかもなんだこの感じ。なんか優等生チックな空気が流れてる。…ん?ていうか待てよ、なんか俺、この感じ知ってるかも。
「おい仁王、」
 妙な感覚のまま、返事をしない仁王の肩を掴んだ。ぐいっと力を込めると、銀髪を揺らしてやっとこちらを向いた。しかし俺の想像もしない姿で振り向いた仁王に、俺は唖然とする。
「…何をするんですか、丸井くん。今は柳生比呂士なのですが」
 振り向いたそいつは、仁王じゃなく柳生だった。つい今まで確かに仁王だった。後姿も完全に仁王だった。ていうかここB組だし。俺は仁王に用事があって声をかけたはずだ。ちょっと待て、なんでいきなり柳生が目の前に現れ…
「ちょ、おま、イリュージョンとか使うな」
「練習中なのですよ」
「んなモンよそでやれぃ、よそで!」
 ないはずのメガネをあげる仕草までバッチリ柳生で、なんか頭が混乱してくる。ただでさえ入れ替わることができるくらいなんだから、顔も多少なりとも似ているわけで。その状態でイリュージョンを発動されると本物にしか見えない。
「ちょっと待て、じゃあ…柳生?でいいのか?」
「なんでしょう」
「えっとな、木野先生が呼んでんだよ」
「仁王くんをでしょう?」
「だからお前が仁王だろうが」
「いいえ、私は柳生です」
「いや、マジで呼んでっから」
「いいえ、私は柳生比呂士です」
「あーうぜーな!いいから職員室行けよ」
 あくまでも自分を柳生だと言い張る仁王が若干うざったくなってくる。ついイラッときて頭をぺしっと叩くと、「いでっ」と柳生らしくない声をもらした。
「ったく何するぜよ、丸井のくせに生意気じゃ」
 俺が腕を元の位置に戻したときには仁王に戻っていた。
「くせにってなんだよ」
「はー、職員室じゃったか?」
「シカトかよ…ったく、そうだよ。木野先生が呼んでんだよ。さっさと行けぃ」
 しっしっ、と手を振って追い出すような仕草をすれば仁王がもう一度はーっと溜め息をついてから立ち上がった。俺よりも10センチくらい背が高いのがちょっと腹立つぜぃ。
「一体何の用事なんじゃろーな」
「知るか。めいっぱい怒られてくることだな」
「……木野の指示棒、折ったのバレたんかの」
 俺がテキトーなことを言ったのに対して、仁王が真剣な顔をして指示棒を折ったことを告白した。指示棒ってお前、アレだろぃ?木野先生が大事にしてた、先がボールペンになってるやつ。こないだ授業中に自慢してたもんなー、昔の教え子がくれたんだっつって。あーあ、んな大事なもん壊したのかお前。そりゃ怒られるわな。ていうか、
「……仁王、」
 俺はツンツンと仁王の腕をつつく。なんじゃ、と返事をして俺を見る仁王。しかし俺の視線は別のところにあって、その方向をつついた指で指差せば、仁王がそちらを振り返った。
「…………指示棒、折ったのお前だったのか、仁王雅治」
 俺が指差す先、ドアのところに木野先生が立っていた。沸々と怒りが湧き上がっているらしい木野先生の顔が鬼の形相でおそろしいことこの上ない。
「あっ…………ち、違うぜよ。俺じゃないナリ」
 一瞬ぴたりと動きを止めた仁王が、すかさず否定すると、木野先生の顔が笑顔になる。怒りを押し込めた、悪魔の笑顔だ。そしてその顔のままずんずん教室に入ってきて、仁王の前で立ち止まると、ガッと仁王の手首を掴んで逃げられないようにした。
「……最近の授業態度がいいらしいって噂を聞いてたから、なにかあったのかって話を聞こうかと思ってたけどやーめた。仁王くん、指示棒の破損について洗いざらい話してもらいます」
「ちょ、待つナリ。俺じゃないっちゃ」
 そのままぐいぐいと腕を引っ張って連行しようとする木野先生。仁王が抵抗しつつ声をあげると、ギラリとした目で仁王を睨みつけた。なぜだか俺まで硬直する。
「やかましいわこのペテン師野郎!」
 そして一度仁王を怒鳴りつけると、信じられないくらいの腕力で仁王をひきずるようにして教室を去ってしまった。その様子を間近で見ていた俺と、教室内で遠巻きにそれを見ていたみんなが同時に笑い出すまでに時間はかからなかった。




























***

わっけわかんねw
というか毎度のことなんだが日常の話を書くにあたってタイトルが難しいんだけどどうしてくれよう。


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -