「仁王」
 いつもなら部活の真っ最中の時間。終礼の後に教師に捕まった俺は少し遅れたため、まだ部室にいた。着替え終わってからふと足元を見ると靴紐が解け掛かっていたので椅子に座って靴紐を結びなおしているところだった。静かにドアが開き、そちらを見ると幸村が立っていた。
「おお。なんじゃ」
 幸村が部室内へ入ってくる気配はない。そのままドアのところに立って、ドア枠に片手をかけたまま俺を見ている。
「全国大会のことなんだけど」
「ああ」
「たぶん、決勝では青学と当たると思う」
「そうじゃな。参謀もそう言うとったしのう」
「その柳が、オーダーを予測してみたらしいんだけどね」
「ほう」
「どうやら少し、難しいみたいなんだ」
「…難しい?」
「これまで青学といえば手塚が最強なことに間違いなかった。だから手塚がシングルス1で出てくる確率が極めて高かった」
「そうじゃな。お前さんがシングルス1で出る確率と同じくらいじゃな」
「でも、今回は違うんだ」
 靴紐もすでに結びなおして、俺はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。椅子に座ったまま、ラケットを手に取って手元で遊んだ。
「違うって、どう違うんじゃ。手塚がシングルス1じゃないかもしれんっちゅーことか?」
 ちらりと幸村を見るが、さきほどとは1ミリも変わっちゃいない。
「ああ。今回はシングルス1で来る確立が低いって柳は言ってる。昨日の抽選結果から見ても、青学はまず比嘉中と当たるだろう。その次は氷帝、そして次は大阪の四天宝寺と当たるだろうね」
「沖縄のひがちゅう?知らんな」
「ああ。今年の九州を制した学校だよ。なんでも武術を身に着けている集団とかで、厄介な技を全員が取得しているらしい。青学にとっても未知の相手だから、このへんまではいつも通り、手塚がシングルス1でくると思う」
「そうじゃな…しかしそうなると、あのチビはどこに入るんじゃろうな」
「それがまた問題なんだ。関東大会で真田を下したあの坊や…あの時は手塚がいなかったからシングルス1で出たけど、全国ではどう出るのか俺にはわからない。ただ、手塚同様の扱いだと考えていいと思う。あと重要なのは不二。少し前までダブルスで出ることも多かったけど…柳が言うには、もう不二はダブルスでは出ないだろうって話だけど」
「そうじゃな…赤也との試合で、とんでもないものを残してくれたぜよ」
「だから最終的には、シングルスは手塚・不二・越前の3人で枠が出来たわけだけど…」
「…世に言う、三つ巴のような状況じゃな」
「だろう?手塚は間違いなく強い。これは誰もが知っている。でも手塚はほぼ完成された強さなんだ。もしかしたらまだ何か切り札を持っていたりするかもしれないが、それがなくとも彼はとてつもなく強い。しかし不二や越前においては、あくまでもまだ途中だ。成長過程なんだ。特に越前というあの坊や…あの子は危険だね。急激すぎる。手塚があの子に架けている思いは、きっと大きいと思う。だとしたら…決勝戦という大事な試合、そのシングルス1はきっと彼だろうね」
「………潰すのか?幸村」
「ふふ…どうだろうね」
「恐ろしいのう」
 幸村の顔が笑う。しかしその笑顔が逆効果であることを、幸村自身もたぶん知っているはずだ。ほんまに恐ろしい部長じゃ。
「それで…仁王」
「ん?」
「柳がね。決勝では、赤也とダブルスを組むと言ってるんだ。それまでに赤也を覚醒させなければならないけど…。でもそうなるとジャッカル・丸井のペアか、キミ達のペアが崩れることになるんだ」
「ほう…それで柳生が、手を引いたと。そういうことじゃろ?」
「察しがいいね。そうなんだ。一人補欠が出るところを、柳生が下がったんだ。となると、キミをシングルスで扱うことになりそうなんだ。構わないかな?」
「おお。構わんぜよ」
「……本当に構わないのかな」
「心配か?」
「いいや。キミはペテンが得意だろう。何かまだ、俺らに黙っていることがあるんじゃないのかい?俺はまだキミに騙されている気がしてならないんだ」
「…ほう?」
「たとえば、何か切り札のようなものを持っている…とか」
「…だったらどうする?」
「ふふ。構わないよ。でも少し俺も嘘をついてしまったな。実は心配なんだ、キミが」
「俺の実力で、青学のシングルス陣に勝てるかどうかってことかの」
「ああ。キミはもちろん、俺たち立海は強い。でも青学は予想を上回る成長を遂げる集団なんだ。キミが、その成長に喰らいつくことが出来るんだろうかって」
「ハッ。いらん心配ぜよ。だったら幸村、部活が終わったらあの川沿いのテニスコートに来んしゃい」
「川沿いの?あのテニスコートはもう使用禁止だろう?」
「鍵くらい開けれる。それに周りの雑草もかなり生えとって目隠しになる。いいから来んしゃい、いいもん見せちゃるき」
「…そこまで言うのなら、行くよ。ふふ、楽しみだね」
 幸村が、微笑んむ。今度は恐ろしさは感じさせない、普通の微笑みだった。そうして一度頷くと、それじゃあまたあとで、と言って外へ歩いて行った。ぼんやりと開けられたままのドアを眺めてから、俺も椅子から立ちあがる。
 さて、ようやく見せるときがきたようじゃ。変幻自在のプレイスタイルを極めた、イリュージョンを。





























***

会話長すぎ。すんまそん。つづきます。





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