右手が出ていた。今まさに、机を挟んで柳生とダブルス会議をしているところだった。あの時はああすべきでしたし、こういう時にはこうしたほうがいいと柳くんも言っていましたよ、などとひたすらテニスの話をしている。俺はほとんど右から左に受け流している状態で、ぼんやりと、机に乗っている柳生の右手を見ていた。
 優等生という言葉よりも、やはり"紳士"が似合う柳生。それは単に大人びて見えるからだろうが、あくまでも中学生だ。紳士、いや、模範生。もちろん姿勢だっていつもいいわけだが、今回はなにか違っていた。いつも椅子に座るときは、机などがないときは膝の上に手を置いていることが多いし、机があるときでも膝の上か、もしくは両手ともに机の上に出していることが多い。しかし今目の前にいる柳生は、なんとも柳生らしくもなく、利き手である右手だけを机の上に乗せたまま話をしていた。なぜ右手だけなのか、まったく見当もつかない。
「ところで仁王くん、私の話を聞いていますか?」
「…ん。ああ、聞いちょるぜよ。ダブルスの極意じゃろ。お互いがお互いの行動を常に予測しながら動くには、やっぱし普段から行動パターンを見ておく必要がある…とかなんとか」
「その話はずいぶん前に終わっていると思っていましたが?」
「おお、そりゃすまんのう」
「やはり聞いていなかったのですね」
「仕方ないじゃろ。俺は理屈で動く人間じゃないき」
 背筋の伸びている柳生とは打って変わって、俺は猫背のように背をだらしなく椅子の背もたれに預けている。手元が暇だったので左手で結んだ髪をもてあそぶ。人差し指に絡めるようにぐるぐると回すように触っていると、聖ルドルフのなんとかみづき…ありゃ?みづきなんとか…だったか。とにかく変なマネージャー兼選手のことを思い出した。
「まぁいいです。これからきちんと聞いていてくださいね。いいですか、例えばゴールデンペアと呼ばれている青学の大石くんと菊丸くんのペアですが…」
 相変わらずそこに置いてある右手。はじめは軽く握るような形で置かれていたが、そのうち手を広げて、手のひらを下に向けて伏せるようになっていた。綺麗な手に、指先に行儀よく乗っている爪。どう見てもテニスをしている者の手ではない。やはりマメだらけの手はいただけないと本人も思っているようで、柳生の使うラケットのグリップテープはいつも少し厚い。クッション性のある生地で柔らかく、確かに手には優しい気はするのだが俺としては力を込めずらく少し使いづらいように感じる。入れ替わるときなんかに、借りて使うことになることもあるのだが…。
 しかしじっと見ていると、だんだんその手があまり動かないのが気になってくる。ついでに言うと、柳生の話がつまらないので早いとこ解放されたい気もする。別に柳生との話が嫌いなわけではない。たまにチラつく柳生の紳士でない部分に、俺はいつも楽しさを感じる。だけど今はひたすらテニスの話。そりゃ重要なことも言っとるのはわかるが、なんちゅーか、もっとあるじゃろ。こんな昼休みを使ってまで、堅苦しい話じゃ肩が凝るってもんじゃ。
「なにしろ菊丸くんは体力があまりなかったですからね。しかしここ最近で大幅に回復していると聞きますし…」
 柳生が左手でメガネを押し上げる仕草をする。たいしてズレてもおらんくせに。そして左手は役目を終えると再び机の下、膝の上へ帰っていった。しかしやはり右手は机の上に置き去りのまま、少しも動くことなく手の甲を見せていた。ずっと見ていれば、なんだかもやもやと心の中に湧き上がってくる衝動。きっと衝動に任せて行動を起こせば、柳生は怒るじゃろうな。と、そこまで考えて、柳生が怒るというのもめったにないからたまにはいいじゃろ、と勝手に納得した。
 バチン!と音がして、近くにいた女子らが驚いたようにこちらを見たのが視界の端に見えた。俺は勢いよく、机に乗っている柳生の手を叩いていた。突然のことに柳生の右手は逃げる様子ひとつ見せず、そのまま俺の手に叩かれたわけだが、叩かれても尚動く気配を見せない。
「……なにをするんです、仁王くん」
 少しが間があってから、少しトーンを低くした柳生の声が聞こえる。にやりと口元を笑わせながら柳生の顔を見ると、いつものように瞳は見えないが、多少イラッときたらしいことが空気でわかる。
「すまんすまん。手がそこにあったもんじゃから」
「怒りますよ」
「すまんって。怒りなさんな」
 見れば、少し赤く染まってきた柳生の右手。じっと視線を落とすと、ようやくその右手が机の上から離れる。叩かれた右手の甲を左手でさすりながら眉根を寄せている柳生の姿がおかしくて思わず小さく吹き出すと「まったく何がしたいのかわかりません」と溜め息をつかれてしまった。
「ははは、赤くなっとるぜよ」
 笑いながら、軽く柳生を指差した。その直後。その指差した手を机の端に置いた途端、今度は柳生の手が早急に伸びてきて手の甲をつねられる。ギュウッと音がしそうなほどつねりあげられて、思わず腕が浮く。
「あだだだだ、なにすんじゃ」
「倍返しですよ」
「倍返しじゃと?聞いとらんぜよ…」
 速攻で返ってきた倍返しに、俺もついさっきの柳生と同じポーズになる。手の甲を、もう片方の手でさすっていた。ひりひりする。
「痛いぜよ」
「ふふ、そうでしょう。痛くしましたから」
「…やっぱり柳生は紳士の皮をかぶっとるだけナリ」
「なんですか?」
「なんでもない」
 今俺の視界にエフェクトをかけるとするなら、まず迷うことなく柳生のメガネの端をキラーンって光らせるじゃろう。まったくさっきまで真面目にテニスの話をしていた柳生はどこへやら、今やつの顔は"やられたら倍にしてやり返す"を達成して勝気に満ちた顔をしている。その顔を見てから、ひりひりと痛む手の甲を見やって赤みを確認する。ああ、柳生も中学生らしいところあるんじゃなぁと、しみじみ感じた昼下がり。




























***

私は机の上で無意味にもぞもぞしている手があると叩きたくなります。なんでやろ。





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