最近なんだか風が冷たくなってきた。でもまだマフラーするには早いし、なによりこの時期からマフラーしてたら副部長が怒鳴るからなぁ…これしきの冷気でマフラーなど、たるんどるーって。
「だいたい副部長が俺らと身体の構造ちがいすぎなんスよ」
「だよな」
 丸井先輩が横でココア飲んでるから俺らの周りは甘い匂いがしていた。どんよりと曇った昼休み、まだ雨は降りそうにもないから屋上に来ていた。当然そこにいるだろうと思っていた仁王先輩はおらず、他に問題児と言われているような生徒の姿もなかったので丸井先輩と二人で手すりにもたれて話をしているところだった。
「世の中はこんなに冷えてきてるってのに、女子がマフラーしてても何か言ってますもん」
「あー、朝から風紀委員で門のところに立ってる時だろぃ?さすがに女子にマフラーなどたるんどるって言うのは俺もどうかと思うぜ」
「やっぱ副部長はそういうところがなってないっていうか…」
「男女平等もほどほどにしとかねーと、モテねーぞっていう話だよな」
 手元に持っている缶。あったかいコーヒーだったはずだけど、やっぱりコーヒーなんて飲み慣れてねーから中身はほぼ残ったまま、ただ冷たくなってしまっていた。そんな俺とは打って変わって丸井先輩はココアを今まさに全部飲み干した。それを横目に見てから、手すりに乗せた腕に顔を預けた。
「あーあ」
 特に意味もなく、ただ溜め息と一緒に声を出してみた。すると丸井先輩がこっちを見るのがわかる。
「なんだよ、なっさけねー声出しやがって」
「しょうがないじゃないッスか、最近なにかと企まれてるんスから」
「あー…あれだろぃ。膝カックンとか」
 パッと顔をあげて丸井先輩の顔を見れば、やっぱり苦い顔をして笑ってた。俺は手すりを一度拳でドンと叩いてから丸井先輩に向き直る。
「膝カックンだけじゃないんスよ!なんか精神的に追い込んでくるっていうか」
「精神的に?」
「はい。なんか、俺のことワカメだの英語が赤点だのすっげー小言言いまくった挙句、俺がキレそうになったらうまく話をずらしてきたりとか!」
「………」
「それだけじゃないんス、練習試合のときだって俺にボールぶつけまくった挙句に俺がキレそうになると突然優しくしてきたりとか!」
「……へぇ」
「へぇって!もっとなんかないんスか?」
「…なんかって言ったってな…お前は俺にどういう反応を望んでんだよ」
「いや…えっと…こう……そりゃひでーな!とか、俺がなんとか言ってやらぁ!くらいの反応を」
「結局俺になんとかしてほしいだけじゃねーか」
 丸井先輩の手が伸びてきて頭を軽く叩かれる。いてっ、と言ってからジロリと睨んでみると、俺は悪くないと顔と態度で訴えてくる丸井先輩と目が合った。
「……だって、俺じゃ柳先輩に歯が立たないんスもん」
「はぁ。言っとくけどな、俺も柳には歯が立たねぇ」
「…ですよね」
「………ですよねって。お前こそもっとなんかあったろ」
「あ、すんません」
「すんませんじゃねー」
 もう一度頭を叩かれて、思わず持っていた缶が揺れて中身が少しこぼれそうになった。それを見ていた丸井先輩が、はーっと溜め息をついてから、俺の手にあった缶を奪い取る。
「ったく、飲めねーのにコーヒーとか買ってんじゃねーよ」
「だってホットがそれしかなかったんスよ、しょうがないじゃないッスか」
 言って、丸井先輩が自分の制服の袖で缶の口元を拭く。それから一口飲んでみて、にげぇ、と呟いた。
「ちょ、バカお前なんで微糖なんだよ」
「それが目についたんで」
「ざけんなよ、砂糖が足んねーよ」
 そう言いながらも残りを飲んでくれる丸井先輩は、なんだか手馴れてる感じがする。たぶん自分の弟のときでも、こういう飲み残しや食べ残しを処理してやる場面があるんだろうなぁと思うと納得できる。
「とにかく丸井先輩、俺もう嫌なんでなんとかしてくださいよ」
「柳のことか?」
「はい」
「ば…だから、考えてみろぃ。柳にどうこう言ったところで、口で勝てるやつがいると思ってんのか?」
「…いないッスね」
「だろぃ?いるとしたら、幸村くんがオーラで圧倒するか、仁王がしょうもないペテンを仕掛けるか、柳生がありえない発言をするか、ジャッカルが途方もないお遣いを任されている場面に遭遇するか、とにかく柳が口を開くことをやめるシチュエーションにならない限り無理だ」
「………」
 思わず、丸井先輩の挙げた例をひとつひとつ想像していると、案外うちのテニス部レギュラーって変な人ばっかだなと思った。
「ま、その中で一番やりやすいのは、仁王にしょうもないペテンを披露させてから、柳が呆れかえって物も言えない状態になったときに話しかけることだな」
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、真田副部長は、柳先輩を黙らせることができないってことッスか?」
 それかもしくは、柳生にエクスタシーとか、なんじゃらほいほーいとか言わせてみるか…とかなんとか一人で想像し始めた丸井先輩を現実に引き戻すように、さきほどの例で名前の挙がらなかった人物について聞くと、丸井先輩が俺をチラッと見てから鼻で笑った。
「真田じゃ柳を黙らせるのは無理だろぃ。むしろいつも柳が真田を黙らせてるくらいなんだからよ」
 言われて、いつも柳先輩の長い説明をうんうん頷いて聞いてる副部長の姿を思い出してしまい、なんだか一気に疲れた気がしてきた。俺ががっくりと肩を落とすと、丸井先輩がバシバシと背中を叩いてくる。
「まぁ元気出せよ。柳はなんか計算したうえでお前をイジメてんだろうからよ」
「……やっぱイジメっスよね?イジメっスよねあれ?」
「ああ、イジメてるよな。どう考えてもお前で遊んでるとしか…」
「やっぱ、そうッスよね?俺、遊ばれてる気しますよね?」
「……っああ、いやいや、違う違う。違うって赤也。別に柳は、お前で遊んでるとか、あー…そういうことは、な、ない、ぜ」
「いーや、絶対そうッスよ。絶対柳先輩は俺で遊んでんスよ。ったく、いつもいつも俺をコケにして、俺がキレそうになったりすると開眼したりして、やりかたがズルイんスよ!なんていうか、もっと後輩を大事にしてくれてもいいんじゃないスかねぇ。まぁこれは柳先輩だけじゃなく、真田副部長とか、幸村部長とかにも言えることなんスけど」
「あー…ははは、赤也、お前死ぬぞ」
「なにがッスか?」
 突然、様子がおかしくなった丸井先輩。なんか笑顔が引きつってるなーと思っていると、その指先が俺を指差した。ん?俺?ちらっと自分の身体を見てみたけどなにもなく、もう一度顔をあげてみると、尚も丸井先輩が指先を俺に向けて、少しつつくような仕草をした。それと同時に、後ろから聞き覚えのある声がした。
「…フ、イジメているだの遊んでいるだの、聞こえの悪い言い方だな」
 その声にバッと振り向けば、案の定そこには話の内容に出ていた人物で、しかもしっかりと内容を聞かれていたらしい。いつもの糸目が、その下の口元をにわかに笑わせたまま俺を見ていた。
「…ちょ、や、柳先輩いつの間に……」
「ちょうど今から1分と58秒ほど前に屋上の扉を開けたな」
 さらりと冷えた風が吹きぬけて、柳先輩の短い髪がはらりと揺れた。ちらっと丸井先輩を見れば、目が合った途端にそらされた。ちくしょう、柳先輩に気づいたんなら、どうにかして教えてくれればよかったのに…!
「あっ、えーと…赤也、俺ジャッカルに呼ばれてんだったー…先行くわ。じゃ、また部活のときな!」
「え、ちょっ!丸井先輩!」
 そして唐突に明らかな嘘をついて、いつものシクヨロポーズしてから小走りで逃げ出した丸井先輩。思わず俺も半歩前へ出てしまったが、柳先輩の視線を感じて足がそれ以上動かなかった。恐る恐る、その顔を見上げれば当たり前に糸目と視線が合う。まだ口元が笑っているままなのが逆に怖い。
「えーっと……へへへ、俺も、用事があったんスよね〜…それじゃ、」
 へにゃりと笑ってみせてから、柳先輩の横をサッとすり抜けようとした。丸井先輩が俺を見殺しにしたせいで余計苦しくなったこの状況からとにかく逃げる必要があると感じたからだ。しかし足を踏み出してすぐに首が絞まる。うげっ!と声をもらしてから半歩下がった。
「お前に用事などがあるものか」
 顔だけで振り向いて状態を把握する。うん、柳先輩が俺のシャツ、首の後ろを掴んでる。だから首が絞まったのか。ったく、もうちょっと良い引きとめ方なかったんスか。しかしそう言いたくとも、未だに口が笑っている柳先輩に何も言うことは出来ず、ただ笑ってごまかすしかない。
「えっと、ふ、副部長が…」
「弦一郎ならば、この昼休みは柳生も含めた風紀委員で話し合いをしているはずだが」
「じゃあ、幸村部長」
「じゃあ、と言った時点で嘘だと白状したようなものだぞ」
「ぐっ……」
 首根っこを掴まれたままの姿は情けない。冷たい風が俺のシャツを揺らして、柳先輩の前髪も揺れる。どう言い訳をしたらいいのかを、脳みそをフル稼働して考え始めると同時、不意に柳先輩の目が開いた。
「!」
「なにか俺に言いたいことがあるようだな。なんだ。言ってみろ」
「………いいいいいいやいやいやいや、ななななんでもないッス!」
「…どもりすぎだ」
「いや!なんでもないッスから!別に!柳先輩が俺をイジメてるとか!遊んでるとか!なんでかなって!……あれ?」
「なるほど。俺が何故赤也をイジメて遊んでいるかについて聞きたいのか」
「ああ、えっと、違うんス、違うんスよっ?」
「なにが違うんだ。折角この柳、お前のスキルアップのために考慮したうえでの策だというのに、イジメや遊び呼ばわりして…親の心、子知らずと言ったところか」
「………あんなんでスキルアップできるんスかねぇ…」
「…ほう」
「あっ、いや、なんでもないッス!」
 相変わらず掴まれたままの首根っこ。俺が身体ごと振り返ろうとしてまた首が絞まる。でも柳先輩の目が開いてるのも相変わらずで、なんていうんだっけこれ、蛇に睨まれたナントカ状態。これから柳先輩の小言が始まるのは簡単に予測ができた。
「あ、やな、柳先輩っ、予鈴鳴る時間じゃないッスか?そろそろ戻らないと…!」
「大丈夫だ。俺は次の時間は自習、お前のクラスも自習のはずだ。それに俺と一緒だったと言えばなんとかなる」
 柳先輩がそう言うと同時、ちょうど予鈴が鳴り出した。確かに俺も自習だし、柳先輩と一緒でしたって言えば怒られずに済むけど…!



「切原!お前さっきの自習の時間サボっただろ」
「いえ、先生。赤也はさっきの時間俺と一緒にいました。生活態度について指導するために時間をいただきました。すみません」
「お、そうだったのか?柳はさっきの時間、抜けても大丈夫だったのか?」
「はい、俺も自習になっていたので」
「そうかそうか。まったく切原、お前先輩に迷惑かけてんじゃねーぞ」
「…へーい」
「……赤也」
「はい!迷惑かけてすんませんっした!」
 結局どうあがいても柳先輩には勝てないことを悟った俺が、じゃあテニスで勝つしかねーじゃんと密かに闘志を燃やしたことに、きっと柳先輩は気づいてない。

























***

誰か日常話の綺麗な終わり方を教えてくれないか?




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