うとうとと、かわいらしく寝る程度ならば多少なりとも許してやろう。しかし今、目の前で寝ているこいつは何だ。お前はこの店の店番をしているはずじゃないのか?俺ん家みたいにオートロックにセンサーが張り巡らされてるんならまだしも。ここの設備と言ったら天井の隅にぶら下がってる防犯カメラくらいじゃねーか。
「おいジロー起きろ!」
 誰かが店内に出入りする際に、スライド式の戸の振動で鈴が鳴る仕組みになっていたらしいが、もちろんこいつがそんな音で起きるわけがない。鈴の音に加えて人の気配にさえ気づきもせずに爆睡しているジローを見ているとなんだか少し腹が立ってきて、いつものように怒鳴りつけた。すると気持ち良さそうに眠っていた顔が一度しかめっ面になって、もぞもぞと身体が動きだす。そしてゆっくりと、本当に薄っすらと瞼を開けた。
「いつまでも寝てんじゃねーよ」
「んん?あとべー…?」
 どうやら俺を認識したらしいジローが、ごしごしと片目をこする。ましてむにゃむにゃと情けなく口を動かしている様子は本当に呆れるほどだ。たまに…極たまにだが、不思議に思うことがある。こいつが氷帝のレギュラーでいいのだろうか。
「なんでここにいんのー?まじビックリだしー」
 まだ寝ぼけたような状態で、顔をふにゃりと笑わせてみせるジロー。相変わらず緊張感の欠片すら感じられず、なんとなく癪に障ったので軽く額を叩いてやった。
「あでっ!」
「ったく、いつまで寝ぼけてやがる。客が来たらどうすんだ」
「大丈夫だよーあんまりお客さん来ないしー」
 それはそれでどうなのかと内心思ったが、構うのが面倒になってきたので早く用事を果たすべく上着を一着、ジローの前に差し出した。
「んー?なにこれ」
「なにこれ、じゃねぇ。お前ん家クリーニング屋だろうが」
「……えっ?跡部がお客さん?」
「それ以外になんの用事があってここに来るんだよ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってこれ、クリーニングに出すほど汚れてないんじゃない?」
「なに言ってやがる。そいつはここ3週間ほど仕舞ってあったんだ。明後日着るからそれまでになんとかしろ」
 俺の上着を手に取ったジローの目が開いている。感情に任せて握り締めないところを見ると、やはり高級なものだという意識はちゃんと働いているらしかった。
「え、でも跡部ん家だったら、わざわざこんなとこに持ってこなくてもちゃんとしてくれるんじゃないの?」
「まぁそうだな。だが今回は話が別だ。クリーニング用の機材が壊れたんだよ、3台とも」
「さ…3台もあんの?」
「ああ。まったくこの間の雷雨で停電しただろ?あれでイカレちまった」
 ったくチャチな代物だぜ、今頃イギリスで粗大ゴミになってんだろ。そう付け加えると、ジローの目が点になっていることに気がついた。
「えぇぇ…でも、あとべー…」
「あんだ」
「これ、本当に俺ん家でクリーニングしていーの?」
「たまにはいいだろ、庶民的で」
 俺の顔を覗き込むように見てから、再び上着に視線を落とす。さわさわと上着を撫でる右手がちょっと緊張しているのは見ていてわかった。まったく…そこまでビビる必要もねーと思うんだが。
「逆に汚くなっちゃったりして……」
「アーン?その時はまた別の方法を考えるだけだろ。いいから明後日までにちゃんと仕上げとけ。また取りにくる」
 少し弱気になっているジローを尻目に、財布から札を取り出すとその手元に差し出した。反射的にジローの右手がそれを受け取るのを見てからさっさと背を向けると、ジローが「あ、」と焦った声をもらした。
「ちょっと待って跡部!」
「なんだ、まだなんかあんのか」
「お釣り!これじゃちょっと多いし!」
「アーン?んなことは気にすんな。残りはお前の小遣いにでもしておけ」
 カウンターから、手に持っている俺の上着ごと身を乗り出すような姿勢でジローが伸び上がっていた。もちろん右手には俺が差し出した札が1枚握られている。しかし俺はそれを制するように右手をあげてから、鼻で笑うようにして視線をやればジローがちょっと脱力したように背伸びをやめた。
「…跡部、今度なんかおごるね」
「ハッ、無理すんな。金ならいくらでもある」
「うーん、そっか…そうだよね」
「バーカ、なにしょぼくれてやがる。とにかく、ここの最高級の設備で仕上げておけよ」
「もちろんだよ!跡部が笑われないように、ちゃんと綺麗にしとくし!」
 俺が念を押すように言うと、今度は目を輝かせて「がんばるね!」と頷いた。それを見届けてからもう一度鼻で笑ってやり、戸を開く。相変わらず鈴の弱弱しい音がするが、どこか心地よい気さえした。するとすぐそこには住宅街にはまるで場違いなリムジンが停まっていたが、開けられたドアからその車に乗り込んだ。ブラックフィルムで外が少し見づらかったが、戸のところまでジローが出てきたのが見えたので視線をやる。ジローはいつもの屈託のない笑顔で俺を見て手を振っていた。
「頼んだぜ」
 聞こえないだろうがそう呟いてから手をあげる。視線を前に戻し、動き出した車の中、たまにはこういう体験もいいもんだなと思いながら目を閉じた。

























***

跡部って、いやらしくない程度に多めにお金置いていきそうな気がする。



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