「柳生先輩、柳生先輩」
 昼休み、職員室に用事があった帰り。廊下を歩いていると後ろから声がした。聞き覚えのある声と走る音、誰だか簡単に予測がつく。振り返って確認してみれば、そこにはもちろん後輩の切原くんが走って来ていた。
「切原くん。廊下を走ってはいけませんよ」
「ん、ああ、すんません」
「まったく…」
 注意をしても軽い返事しか返ってこないことも、何十回としてきたやりとりの結果から予測はできる。何度注意しても無駄だということはわかっているが、それでも注意をしてしまう私もまるで学習能力のない人のようだ。
 わざと小さく溜め息をついてからメガネを上げる動作をしながら切原くんの表情を確認してみれば、なんだか少し期待しているような、わくわくしているような、そんな顔をしていたので「どうしたのですか?」と尋ねるとその口が早々に開いた。
「柳生先輩、聞きたいことあるんスけど」
「はい、なんでしょう」
「えっと…えくすたしーってどういう意味ッスか?」
 切原くんからその単語が出た瞬間、私は少し後悔した。ほんの少しの立ち話だろうと思って廊下で立ち止まったことを。少しだけ周りを見て、すぐ近くに人がいないことを確認する。切原くんが走ってきた方向には図書室があるはず、ということは先に柳くんのところに尋ねに行った可能性は高い。しかし今こうして私のところに来ているということは、おおかた柳くんが取り込み中だったか、質問をする前にあしらわれてしまったか、もしくは質問をしてみたはいいものの他を当たれと言われたか…。どれも確立としては五分五分といった具合だろうが、とにかくどうして私にそのような質問をするのかを尋ねることにした。
「…その質問は、既にどなたかにしたのですか?」
「ああ、さっき柳先輩に聞きましたよ。そしたら鼻で笑われて、柳生先輩に聞けっていうから」
「………」
 つい今しがたの自分の予測が、当たらずとも離れていないことに内心苦笑する。答えは3番目に考えた『質問をしてみたはいいものの他を当たれと言われた』に該当していたが、切原くんの話では『柳生に』というご指名つきだったそうだ。まったく柳くんも人が悪い。彼はある程度気の知れた仲間にならばちょっかいをかけて遊ぶことがあるようだ。
「でも珍しいッスね、柳先輩にわかんないことがあるなんて」
「そう、ですね…」
「で、柳生先輩。えくすたむぐぐぐ」
 切原くんの口から先ほどの単語が出そうになったので咄嗟に右手で口を塞いだ。もう一度周りを確認する私は相当おかしい状態だろう。本を数冊持っている左手に自然と力がこもっていたことに気がついた私はその力を緩め、同時に切原くんの口を開放する。
「なにすんスか柳生先輩!」
 もちろん切原くんは少々立腹した様子で声をあげた。それをなだめるように右手をふらふらをさせる。
「き、切原くん。その話は場所を移動してからにしましょう」
「え?ここじゃなんかマズイんスか?」
「ええ、マズイんです」
 立腹した表情から一転、ぽかーんとした顔になった切原くんの言葉を引用してみれば「はい、わかりました」と少し不思議そうな視線で私を見てくる。私は片足を半歩下げ、体の向きを変えつつ「では向こうの空き教室に行きましょうか」と言うと素直に私についてくる切原くん。単純であるとよく人に言われているようだが、彼は単純であるが故に素直でもある。そんな彼に「エクスタシー」の意味を丁寧に説明するのもおかしなことだと感じたが、聞かれたからには説明しないわけにはいかない。


「四天宝寺の部長って卑猥なんスね」
 数分後、柳生の前には顔を赤らめている切原がいたという。

























***

なにげに赤也と柳生という組み合わせも大好き。




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