ぴんぽーん。インターホンが家の中で鳴っているのが聞こえた。まさに今そのボタンを押した手を再びポケットに突っ込む。寒さで今一度身体を震わせると、玄関のドアの細長いすりガラス越しに人影が見えた。ガチャリと音がしてそのドアが30センチほど開かれ、そこから顔を覗かせた丸井が俺を見るなり驚いた顔をした。
「なっ…仁王?おまえ何してんの?」
「寒い。入れてくれ」
「ああ、ごめんごめん、入れよ」
 今度は大きくドアが開かれ、丸井の全身を確認する。赤い袖のラグランT、七分丈のジーンズに裸足。なんで裸足なんじゃ。外は雨っちゅーのに。
 するりとドアの内側へ入ると、丸井が踏み出していた片足を段差の上に戻す。ちょっと待ってろ、と言ってドアの向こうに消えた丸井の姿を見てから、雨に濡れた髪の毛をわしゃわしゃと触ってみた。ぽたぽたと水滴が落ちる。すると再び丸井が同じドアから戻ってきた。
「あーあー、お前なんでびしょ濡れなんだよ」
「まぁ理由は後じゃ。とりあえず風邪引きそ…っくし!」
 俺がくしゃみをするのを見た丸井が、柔軟剤のCMに使われてそうな、いかにも清潔で柔らかそうなタオルをどんどん押し付けてきた。大きめの薄い黄色のタオルをまず渡され、それから薄いピンク色のスポーツタオルを頭にかぶせられ、あと一枚、今度はアシックスのスポーツタオルで肩や腕をポンポンと拭かれる。こういう時の丸井はいやに兄貴らしくなるもんじゃ。
「まったくこんな状態で人様ん家くんなっつの」
「仕方ないじゃろ、近くに丸井ん家しかなかったんじゃき」
「てか朝から曇ってただろ、なんで傘持ってねーんだよ」
「降らんような気がしたんじゃ」
「バカか」
 確かに天気予報では雨だと言っていたような気もするが、あまり信用もしていないので気にせずに散歩に出た。初めのうちは電車で街まで出たが、昼にはまた戻ってきてうろうろしていた。ぼんやりと無意味に歩き回りたくなる年頃なんじゃ。徘徊癖があるわけじゃないぜよ?そしたら何のことはない、突然雨が降り出してきて、そりゃもうポツポツ程度じゃったし気にも留めんかったが…次第に強くなってきて、こりゃやばいなと思って見渡してみたら住宅街じゃったから他人様の敷地に入るしか選択肢がなかったわけで、しかしいざ住宅に近寄ってみると屋根のあるところの近くにカーテン全開のリビングがあったり、屋根つきの駐車場のところで子供が遊んどったりで、なかなかうまく雨を凌ぐことができなかった。んでしばらく歩いていると、そういやこのへんに丸井ん家があったような…と思い出したんじゃ。
「で、俺ん家に来たわけか」
「おん」
「まったくよー、いきなり来んなよなー。なんでせっかくの休日までお前の顔見なきゃなんねーんだよ」
「なかなか失礼なことを言うぜよ…まぁそんなに見たいんじゃったら真田になってやっても構わんのじゃけど」
「やめろ。お前のイリュージョンがすごいのはわかった。けどな、頼むから真田にだけはなるな」
「遠慮はいらんよ。野太い声で君が代でも歌っちゃるきに」
「やめろっつってんだろ。こないだの授業中、笑い耐えるの大変だったんだからな」
「A組の歌唱力は頼もしいものを感じるぜよ」
「あれじゃ独唱状態だろぃ」
 この間の授業中、隣のA組から聴こえてきた歌声にクラス全体が息を呑んだのを思い出す。あまりにも力強い真田の歌声は、後に聞けば幸村のいるC組にまで聴こえたらしい。あー、いかん、思い出したら笑えてきたぜよ。でも正直、俺のイリュージョンを持ってしてもあそこまで頼もしい歌声まではマネできない気がする。
「お前さ、とりあえず風呂入れよ。下着は新しいのあるからやるよ」
「ん、丸井の下着じゃって?うわー、サイズ合うかのう」
「どういう意味だよ、それは」
「俺には大きいんじゃないか?」
「るせぇ」
 否定しないところを見る限り、自分でも甘いものを食べ過ぎている自覚はあるようだ。とにもかくにも靴を脱いであがり、促されるままに脱衣所へ入る。10分したら下着とか置きに来るからシャワーでも浴びてろ、と言って丸井が出て行くのを横目に見てから遠慮なく服を脱ぎ始めた。







「丸井」
 丸井の部屋の扉を開け、丸井がベッドに横になって雑誌を読んでいるのを視界に捉えるなり声をかける。
「んだ、もうあがったのか。早かったな」
 読んでいるページを指に挟んで一度閉じ、こちらを見遣る丸井。それはいつもの、なんにも考えてなさそうな顔じゃったが、それが余計に不信感を感じさせた。
「お前さん…趣味悪いのう」
「何がだよ?」
「…これ」
 借りたハーフパンツの履き口を左手で掴んで少しだけめくる。そこに現れるのはもちろん下着…丸井が言っていた「新しいやつ」だ。
「ぷっ…いいじゃん。お前それ似合ってんじゃん!」
 丸井の視線がそこへ移るなり噴出して笑われる。
「冗談じゃないぜよ、なんで総柄キティなんじゃ」
 俺が言うと、尚更丸井がけたたましく笑った。まさか丸井の趣味でもあるまいとは思っていたが、わざとしてやられるというのも癪に障るものだ。
 しかし俺が穿かされた下着は、女子に人気のあるハローキティのものだった。赤い地の色に、キティの顔とロゴが延々と並んでいる。フチのゴム部分にもご丁寧に「HELLO KITTY」の文字が並ぶ。確かに最近じゃ雑貨屋に行けばこういった下着も珍しくないが、まさか自分が実際に穿くことになるとは…。
「それさ、母ちゃんが買ってきやがってよー。絶対穿きたくねーからさ、いい機会だと思ってお前に譲ることにしたぜ」
「これっぽっちも嬉しくない貰い物したのう…」
「仕方ねーだろぃ。新しいやつって言ったらマジでそれしかなかったし」
「まぁ俺も突撃訪問した身じゃけーの…仕方なか」
 いっときじろじろとハーフパンツの中を覗いていたが諦めて手を離すとパチン、とゴムが収縮して腹に当たる。そのままカーペットの上に腰をおろす。
「お前さん、家族は?」
「んー…なんか出かけるって言ってたけど」
「なんで行かんかったんじゃ?」
「疲れてたんだよ。もう面倒くせーからお前らだけで行ってこいよーって」
「体力ないのう」
「るせぇ」
 言いながら、半分起こしていた身体を再びベッドに押し付け、手元の雑誌を開いた。さっきから何読んどんじゃ、と聞くと、料理本、とひとこと答えられた。ベッドのすぐ横に重ねられている雑誌、てっきりエロ本かと思っていたが、実際に手にとって一冊ずつ確認すると料理の本とテニス雑誌だった。疑ってすまんかったのう。
「お前さん、テニス部やめて家庭科研究会でも発足したほうがええんじゃないか」
「ぶっ…ざけんな、俺がテニス部やめたら応援団の女子が減っちまうぜぃ」
「……それ本気で言うとるんかのう」
「おま、バレンタインの時俺よりチョコ少なかったくせに」
「少ないって言うても2コしか変わらんかったじゃろ」
「……まぁとにかく、俺にくれた72人のうちの応援団員の何人かが抜けちまうだろぃ」
「じゃから、応援団が減ったところで別に俺らには関係ないと思うんじゃけどな」
「まぁそう言うなよ、ほらこれ俺がこないだ作ったんだぜぃ、食えよ」
 雑誌を閉じて横に置き、身体を起こすとテーブルに手を伸ばして、そこにあった容器のフタを開けた。ほら、と中身が見えるように傾けてきたので覗くと、クッキーが7枚ほど入っていた。
「薄焼きでこんがりしてっからちょっと苦いけど、甘いもんあんま食わない仁王でもこのぐらいなら食えるだろ」
「ほーん……ま、物は試し…1枚もらうかの」
 ひとつ手にとり、そのまま口の中に放り込む。咀嚼すると確かに固い。バキッと割れ、香ばしい風味がしてくる。同時に少し苦い。
「おん。これなら俺でも食えるのう。でもお前さんの弟たちにはちょっと苦いんじゃないか?」
「そうなんだよ。苦いってさ。だからこれ売れ残り。俺がひとりで食べてたってわけ」
 たまにはいいかなーって思ったのによ。とつぶやく丸井が、今度は違う料理の本を手に取るのを見ながら、俺はまたクッキーをつまんで口に入れた。窓の外を見遣ると既に雨はあがり、灰色の空は色を薄めてところどころに空色を覗かせていた。

























***

ぐだぐだ書いてたら終わりが見えなくなった。無理やり終わらしてすんません。まとめる力なんて私にはない。




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